外部の専門家は、事業の実態を十分に理解せず浅い提案をしてしまうことがあります。例えば「同業他社は広告に取り組んでいる。御社も今すぐ広告を始めるべきだ」という一般論を押し付けるような提案です。
しかし、こうした提案は事業主の信頼を失う恐れがあります。なぜなら、事業主からすれば「そんなことは分かり切っている」と思われてしまうからです。さらに、事業の置かれた状況や経緯を汲み取れていないため、敬意に欠けるように映ってしまうのです。
外部の専門家がこうした失敗をしてしまう原因は、事業への想像力と敬意を欠いていることにあります。専門家は自身の知識や経験に頼りすぎ、事業の実情を深く掘り下げずに表面的な提案をしがちなのです。
そこで本記事では、外部の専門家が事業主との信頼関係を築くためのポイントを解説します。
目次
外部の専門家の事業理解を阻む4つの理由
なぜ「外部の専門家」が冒頭に挙げたような顧客への想像力や敬意を欠いた提案をしてしまうのでしょうか。その理由を4つ挙げます。
1. 外部の専門家は、仕事の大部分が専門領域だから
専門家の業務は、専門領域に関わるものが大部分を占めます。一方事業主からすると、その領域は部分にすぎない。むしろコアではないサブ領域だから、着手が遅れているし、外注しようとしているのです。
この領域の差が誤解を生みます。専門家からすると、専門領域に関してだけは「粗」が見えてしまうので、「こんな基本的なこともやってないのか」と感じる。しかし、事業主からすると、その粗は部分にすぎないのです。
このギャップが「分かりきった正論を上から目線で伝える」を生みます。
2. 外部の専門家は、事業の全容が見えにくいから
事業主は外部の専門家に、事業全体についてではなく、委託するプロセスに関しての断片的な情報しか伝えられません。なぜなら、事業主からすると1-2時間の打ち合わせで伝えきる時間の制約がありますし、そもそも機密性が高く開示できない情報もあるからです。
しかし、断片的な情報だと事業理解が難しいことがあります。例えば、プロモーションの予算と目標CPAと過去の施策一覧だけ聞いても、事業理解は進みにくいのではないでしょうか。
3. 外部の専門家は、思考時間が事業主に及ばないから
事業主は、自社事業に精通しています。何年もの間、フルタイムで自社事業について考えているからです。過去の経緯も熟知していますし、部署をまたいで会話したり、顧客や取引先と接するなど、事業を様々な側面から考える機会もあります。
一方、外部の専門家はまずは数日で情報をキャッチアップする必要があります。また、同時に複数のクライアントを抱えているため、一つ一つの事業主に割ける時間は限られてしまいます。そのため事業主と比べると、表面的な理解や提案にとどまってしまうことがあります。
4. 外部の専門家は、差別化より平準化が重要だから
事業主としてはあるプロセスを特別すぐれた状態に磨き上げるためには、その事業ならでは工夫をいくつも重ねる差別化こそが競争力の源泉です。
一方で、外部の専門家にとっては、一般的には顧客ごとの個別対応は短期的な利益率を下げやすいため、平準的なやり方を推進しがちです。
もちろん外部の専門家にとっても現実的に対応できないということはあるものの、ときには融通の利かないマニュアル的な対応、状況にフィットしないサービスの提案などが利益相反を生み、事業理解も妨げる要因にもなりえます。
このように外部の専門家は事業理解をしにくい構造的な問題があります。
事業にフィットしない「専門性」は「毒」にすらなる
外部の専門家が事業理解が浅いまま事業に適合しない提案をしてしまい、事業主としても「見よう見まねで自信が無い」「 "正解" を知りたい」という不安からそれを受け入れてしまうと、せっかく自社らしく工夫していたプロセスを、わざわざお金や手間暇を払って陳腐化・部分最適させてしまうことが起こりえます。
複数のプロセスが一貫=適合性 が大切
事業において、複数のプロセスが一貫していることは、それだけで模倣不可能性・差別化になります。そのため、各プロセスを、事業戦略に一貫するよう工夫することで、より真似がしにくい強い商売になります。これを「適合性」(フィット)と言います。
「戦略の要素の一つは、複数の活動が一貫して最適化されていること(「適合性」)である「適合性」によって、各活動が最強度でつながった強力なバリューチェーンが生まれ、これが模倣者への障壁となる。(中略)競合他社にすれば、相互に関連している活動システムを完璧に模倣するのは、営業部門のある手法をまねたり、同様のプロセス技術を導入したり、製品に同じ特徴を取り入れたりするより、ずっと難しいだろう。」
ーマイケル E. ポーター(2011)『『新訳』戦略の本質』ハーバード・ビジネス・レビュー
広告こそ適合性が重要
さまざまなプロセスの中で特に広告は、事業への「適合性」を意識することが非常に重要です。理由は3つあります。
他社から丸見えで真似するコストも低いから
成果が好調で表示回数が伸びる広告は、競合他社から見ても目立つためマネされやすく、それ単体で差別化しにくいです。
そのため、事業戦略を踏まえて、他社が言いにくい・言えたとしても万全の品質が出せない訴求に集中し、簡単には真似しにくくする視点は大切です。
事例主義に陥り独自性が薄くなりやすいから
真似されやすいということは、真似しやすいということです。変に他社のやっていることが見えてしまうので、他社事例に頼りがちになってしまいます。
もちろん参考になる部分もありますが、自社ならではの印象は残せず、様々な情報の中に埋もれてしまうリスクがあります。
60年以上前に書かれた文章にはなりますが、経済学者のセオドア・レビットは1960年の論文「購買意欲調査を巡る狂騒曲」の中で以下のように警鐘を鳴らしています。
「消費者調査の進歩著しいはずの業界や広告代理店が何度も、悲惨なまでに似通った製品や広告を生み出してきた。こう書かなくてはならないのは実にいらだたしいことだが、製品そのもの、包装や容器、販売促進までもがあきれるほど型にはまっている。(中略)周囲の雑音をかいくぐらないと、たとえどれほど耳を澄ましたとしても、顧客まで届くことはない。」
ーセオドア・レビット 著, 有賀 裕子 訳, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 訳 (2007)『マーケティング論』ダイヤモンド社
また、他社の広告は、表面上のメッセージだけではなく裏側のビジネスの仕組みまで一貫して成立しているので、安易にマネをしてしまうと手痛いダメージを負うことがあります。(例:スケールメリットの効く大手競合他社の価格訴求に追従する等)
お客さまの最初の接点だから
広告は新規顧客の初回接点で、表面上のCPAに限らず、その後のセールス、製品サービス、アフターサポートなどのプロセスに影響が出ます。
適合性の無い集客をしてしまうと、顧客満足度が下がり、継続率が下がり収益が出にくくなり、悪いレビューや口コミが残り評判を損ねたり、クレームや返品・解約の対応負荷も上がります。
適合性が薄い広告が悪影響をおよぼす例
このように特に広告においては適合性を意識することはとても大切です。
しかし現実は逆に、広告代理店や社歴の浅い販促担当者が、事業理解が浅いまま適合性の薄い広告を作り、部分最適に陥ることも多いように感じます。いくつか例をあげます。
(例) そもそも製品カテゴリの認知が無い状態で「お試し500円」訴求
例えば「スマートカーテン」(アレクサ等と連動して自動でカーテンを開閉してくれるスマート家電)の販促をするとします。
このとき外部の専門家である広告代理店は、美容液や健康食品など他商材の勝ちパターンをそのまま展開して「スマートカーテンがお試し500円」のような広告を作ってしまうことがあります。
しかし例えば「サプリ」や「美容液」と違って「スマートカーテン」は知られていないし、知っていても導入する必要性が理解されていません。そのため、新規獲得が伸びずCPAが高くなると考えられます。しかも顧客の商品理解が浅いので継続率も悪い…という最悪の結果になりかねません。
そうではなくて、例えば「朝寝坊さん必見。自動開閉の"スマートカーテン"で朝を制す! おすすめの使い方5選」のような広告・コンテンツを作って、製品カテゴリの説明や、どんな良いことがあるのかを伝えることが先ではないでしょうか。
(例) 製品の面白みと関係が薄い広告
とにかく発散的にパターン数を作るスタイルの広告代理店だと、網羅性を重視して、自社が大して役に立たない悩み事まで風呂敷を広げた広告を作ってしまうことがあります。
例えば、中性脂肪を低下させる機能性表示食品の広告を、「美味しく健康に。機能性表示食品がお試し500円」のように製品と関連の薄い広告を作ってしまうことがあります。
しかし、同様の訴求をうたえる代替手段があまりに多く、厳しい戦いになります。
これは釘を打ちたい人に対して「凍ったバナナ」を提案するのに似ています。「たしかにそういう使い方もできるかもしれないが、別に自社商品じゃなくてもよくないか?」という売り方に販促費をかけるのは避けた方がいいでしょう。一時的に買っていただくことができても、翌朝冷静になると解約されてしまいます。
そうなると新規獲得だけ増えて継続率が下がることになりますが、継続率は3-6ヶ月遅れで判明する遅効指標なので、蓋を開けてみると赤字で手痛いダメージを負っていたことになりかねません。
そうではなくて、販促費は「中性脂肪を本気で下げるなら、美味しく続く●●/試し500円」のような自社製品がベストソリューションでいられるテリトリーに集中するべきです。そこから出ることはリスクを伴います。
また、もちろんテスト的に様々なチャレンジをするのは良いのですが、すぐに結果のわかるCPAだけでなく遅行指標の継続率も加味したいことも踏まえ、チャレンジ予算は販促費の1-10%程度に抑え、継続率も別途計測したうえで進めた方がいいでしょう。
"あえてそうしていない理由"を掘り下げる
それでも、この壁を突破し歩み寄るために、外部の専門家は「断片的な情報」「短期間」で事業理解を深める必要があります。
この「断片的な情報」「短期間」で深い情報を得るために大切なことはなんでしょうか。1つあげるとすると、それは「あえてそうしてない理由の深掘り」だと考えます。
外部の専門家が断片的な情報だけを見て10分で思いつく”分かりきった正論”は、事業主からしても何年も前に検討済みで、単に優先度が低いということがほとんどです。
そのため外部の専門家は、そこからもう一歩発展させて「”分かりきった正論”を捨ててでも、優先している何か」を考えるとよいです。そのトレードオフ(何かを捨てて、何かに集中すること)のトレード先を見つけられると、事業理解のヒントになります。いくつか例を挙げます。
(例)求人サイトのフォーム改善提案
例えば、以前私がある求人サイトの求職者募集広告を担当していたとき、「応募フォームで詳細すぎて入力が大変です。他社の項目数はずっと少ない。CVRを上げるためにフォームの項目を削ればどうでしょうか?」と提案したことがあります。しかし提案は受け入れられませんでした。なぜか?
理由を説明していただき、「フォームが長いのは理解しているが、掲載企業に対して業界特有の細かな求人条件に応えて、決定率の高い求職者を紹介するために必要。総合求人サイトにはできないことをやらないといけない」ということでした。
長いフォームは総合求人サイトと差別化するうえで必要だったのです。事業として専門特化する戦略を肌身にしみて理解できた瞬間でした。
(例)アナグラムの請求書作成フロー
また例えば、私がアナグラムに入社した時、請求書を全て手作業で作成していていたのに対し、「なぜ効率化しないのか?」と疑問に思いました。
しかし、こうした点について社内で議論をしていく中で、徐々に理解が深まりました。請求まで一気通貫に担当するのは、働く人が、やり甲斐や商売の臨場感を感じるためだったのです。また「自分はこの手数料を頂けるだけの仕事ができているのか?」と努力を促す効果もあります。
手作業は効率が悪いかもしれないが、やり甲斐や意識を高めるためのあえての選択でした。疑問を通じて会社として大切にしている価値観の一端に触れることができました。
「月100万円の手数料のお客さんもいれば月10万円のお客さんもいて、100万円って個人にとって大金じゃないですか。預かった金額以上のバリューは出さなきゃと思いますし、自分が月100万円を払う立場だったらこういう態度は許せないだろうとか、そういった商売への臨場感が請求業務を通してとても大事なことだなと思っていたんです。だからアナグラムのメンバーには、商売の臨場感を持ってもらうために自分のお客さんの請求業務まですべて任せてます。」
ー「自分のために働け!」アナグラム流・個性を伸ばす経営とは? 阿部圭司 | 代表取締役
このように「”分かりきった正論”をあえてそうしていない理由」「それよりも優先度の高い何か」が事業理解のヒントになります。