「人を責めるな、仕組みを責めろ」というトヨタの教えがあります。アナグラムでも非常に重視されてきた考え方です。
こちらの記事にも、その考え方をもとに採用活動の改善を図った事例が掲載されています。
この「人を責めるな、仕組みを責めろ」という言葉、簡単に言えば、ある問題が起こったときに人ではなく仕組みに焦点をあてるべきであるという考え方ですが、このように感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
- 誰も責任を負いたくないからそう言っているんじゃないの?
- ルールを設定しすぎて、がんじがらめになってしまいそう…
たとえばサッカーチームが試合に負けたとき、「監督がよくない」「○○のプレーが良くなかった」などとしばしば話題になりますよね。「誰か」に責任の所在を求めることで改善をはかったり、腹の虫をおさめるというアプローチは、多くの局面で見られますし、必ずしも間違っているとは言えません。選手や監督を変えることで、試合に勝てるようになる場合もあるでしょう。
また、誰かが「寝坊による遅刻をごまかすために電車遅延だと嘘をついていた」という理由で遅延証明書の提出が義務になるなど、不正を起こさないための仕組みを維持するためのコストにうんざりしている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そういう環境にいる場合、仕組み仕組みと言われても、それって生産性落ちるよね?と感じているかもしれません。
今回は、「人を責めるな、仕組みを責めろ」という教えがなぜ有効なのかを深く理解し、そして実際に機能する仕組みを作るためにはどうしたらいいのか考えていきます。
目次
システム思考をもとに理解する
「人を責めるな、仕組みを責めろ」という言葉を聞いたとき、私はシステム思考の考え方に近いと感じました。
システム思考とは、1950年代にアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で誕生した学問です。要素還元的な考え方とは異なり、一歩引いて全体をとらえ、要素同士のつながりやシステム全体の目的にまで目を向けて改善策を考えます。
複雑な問題に対処する際に、「その構造が存在する限り、誰がやっても同じ結果になる」と考えるそのアプローチ方法は、まさしく「人」ではなく「仕組み」にフォーカスしたものであると言うことができるでしょう。
システム思考のベースには「システム」という概念があり、以下の3つの要件を持っています。
- 複数の構成要素を持つこと
- 構成要素間の相互作用が存在すること
- 全体としての目的や機能が存在すること
この要件を見ると、会社は社員という構成要素をもち、それぞれが関わりあいながらミッションを達成しようとする「システム」ですし、先ほど例に挙げたサッカーチームは、選手という構成要素がそれぞれ関わりあいながら、勝利という目的に向かってプレーする「システム」であると分かります。
つまり、この3つの要件のどれかをいじればシステムは変わるということになりますが、①~③の変化がもたらす影響の度合いは異なる場合が多いです。
③の目的や機能の変化はシステム全体に大きな影響を及ぼします。サッカーチームが「負ける」という目的に向かってプレーしたらどうなるか?と考えると分かりやすいでしょう。
②の相互作用も重要です。サッカーにはオフサイドというルールがありますが、そのルールがなければ選手がゴール前で待ち伏せしておくという戦術がメジャーになってしまい、今あるサッカーのスタイルとは大きく変わることでしょう。
3つの要件のなかで、多くの場合最も影響が小さいのが①にあげた要素の変化です。サッカーの試合で選手を交代したとしても、②や③の例として書いた変化よりは小さな変化になりそうではないでしょうか。
ここまで理解すると、「人」よりも先に「仕組み」にフォーカスすべきであるという理由が見えてくる気がします。
先ほども書いた通り、「人」が原因である場合もあります。しかし、それよりも「つながり」や「目的」に変化をもたらせる「仕組み」にアプローチしたほうが、より大きく本質的な変化をもたらすことができる場合が多いのです。
機能する仕組みの作り方
では、機能する仕組みを作るにはどうしたらよいのでしょうか?4つの段階に分けて考えていきます。
状況をつぶさに観察する
まずはじめに行うべきは、状況の観察です。このとき注意すべきなのは、全体を見失わないということです。
先ほども書いた通り、つながりや目的が介入ポイントになることも多いため、要素に分解して分析するというよりは、全体を眺めることが大切になります。
一見関係ないと思うようなことでも、一次情報を取りにいきましょう。そして、それぞれがどう影響を与え合って、どういう結果をもたらしているのかを整理しましょう。
最もコストをかけずに改善できるポイントを探し出す
整理した状況をふまえて、最もコストをかけずに改善できるポイントを探します。
ここで大事にしたい考え方は、それだけで問題を100%解決できる方法を探そうとしないということです。
遅延証明書の例であげたような、運用コストが膨れ上がり逆に生産性が落ちてしまうという状況は、問題を100%解決しようとすることから生じる場合が多いです。
あらゆることにはメリットとデメリットがあります。それを理解したうえで、デメリットを会社のカラーとして許容したり、ほかの仕組みによってカバーするという一種の妥協が必要になります。
会社のカラーとして許容する:
ほかの仕組みによってカバーする:
作った仕組みが失敗するケースを想像しつくす
仕組みは、意図と反して動くことがあります。
アナグラムにはその昔「ランチ手当」という制度がありました。誰かとランチに行ったときに1,000円を支給するというもので、もともとはお腹を空かせていたインターン生を救うためにできた制度だったそうです。
しかし、次第に「必ず誰かと一緒にランチに行かなければいけない」という雰囲気が醸成され、お昼は1人でのんびりしたいと思っていたとしても叶いにくい状況になってしまったため廃止されました。
多くの場合、物事はそれ自体で完結するのではなく、副作用をもたらします。それは良い副作用である場合もあれば、悪い副作用の場合もあります。
有名どころだと、失敗に対して怒った結果、「また怒られるから…」と報告しなくなり、より大きな失敗が生じてしまったという話がありますよね。
これを防ぐには、想像力が必要です。
この仕組みが適応されたら人はどう動くだろうか?人が動いた結果、中長期的にはどんな影響がでるだろうか?という風に、仕組みへの反応だけでなく、反応に対する反応、さらにその先をも見通す力が大事になってきます。
自分の想像力には限界があるため、色々な人に意見をもらうのがよいでしょう。
目的や背景とともに仕組みを伝え、実行する
いざ仕組みを実行する際には、できる限り目的や背景とともに伝えることを意識しましょう。
なぜなら、仕組みは形骸化しやすいからです。
目的や背景まで浸透していれば、状況が変わったときやうまく機能していないときにすぐに仕組みを変更することができますが、「そういうものだから」という考えが浸透してしまうと、そのような動きを取りにくくなってしまいます。
また、仕組みを実行する際には、仕組み自体を見直したり、あらゆる人から意見をもらえる体制を作ることもあわせて行うとよいでしょう。
「人を責めるな、仕組みを責めろ」の実践例
売上ノルマ
アナグラムで実践しているものの最たる例が、売上ノルマを置かずに顧客満足度を重視するという仕組みです。
売上をあげようとしてクライアントのためにならない提案をしてしまうという状況がある場合、それはメンバー自身が「クライアントをだましてやろう」と思っているわけではなく、売上ノルマが目的になっていることが原因であると言えるでしょう。
そのため、本質的な提案のみを行うためには売上ノルマを設けないという仕組みが有効であると考えており、実際アナグラムではうまく機能しているように思います。たとえばマーケティングがうまくいきすぎて注文をさばききれなくなっている場合などは、広告を打つよりも人員補充に力を注いだほうがよいため、「広告の出稿量を抑えたほうがよい/止めたほうがよい」といった提案をすることもあります。
打刻率
アナグラムでは勤怠管理システムを使って勤怠状況を把握しています。しかし、もともとは打刻率が高まらず、月末に総務部から修正を依頼する手間がかなりかかってしまっていました。
定期的に「打刻をしっかりしましょう」と呼びかけても改善は見られず。なぜなら、勤怠管理システムを毎日開くのが億劫だからです。
そこで、仕事で必ず使うSlackで「はじめます」「おはよう」などと投稿すると、自動で打刻をできるシステムを構築しました。結果、打刻漏れは導入前と比較して80%削減され、月末の修正依頼の手間も大きく減ることになりました。
書籍購入
アナグラムには、仕事に活かせる書籍の購入を全額補助するという福利厚生があります。
本をたくさん読んで学習を深めてほしいという意図で設けられている制度ですが、メンバーが増えていくにつれて購入頻度の高いメンバーが固定化されてしまっている、という状況が発生しました。
そこで、より気軽に書籍を購入してもらえるよう、ほしい本を決裁者に申告してもらって会社側で購入するというフローから、自身で購入して経費精算してもらうフローに変更したところ、利用率は3倍以上に跳ね上がったのです。
なぜそこまで大きく利用率が変わったのかというと、決裁者に申告するフローをはさんでいたことで発生していた「こんな本をいまさら読むんだ」とか「何を勉強しようとしているのかを知られるのが恥ずかしい」などの心理的なハードルがなくなったからでした。
本を読まない人が悪いのではなく、仕組みに目を向けることで改善できた良い例だと思います。
社内コミュニケーション
「質問があったらいつでも話しかけてね」という上司は多いです。しかし、そう言っているにもかかわらず疑問点がそのままにされてしまうことはないでしょうか?
アナグラムでは、その問題への解決策をいくつかの仕組みで改善しました。
まず、オフィスで気軽に話しかけられない要因は「モニターで顔が見えないこと」にあるのではないかと予想し、必要がない人はモニターを2枚から1枚に減らしてお互いの顔が見えるように配置しました。また、イヤホンをしていると話しかけてよいのか分かりにくいので、オンラインミーティング時以外で上司が両耳にイヤホンをすることは基本的にNGです。
また、オンラインで質問したいときには「上司の予定が空いているのかわからない」「忙しそうで口頭で相談する時間をもらうハードルが高い」という問題があるようでした。そこで、デフォルトが30分刻みになっているGoogleカレンダーの予定作成を、15分刻みに全員が変更。この結果、カレンダーの空いている時間に気軽に15分単位でミーティングを入れることができるようになりました。
まとめ
人間はどうしても近くにある見えやすい要因に飛びつきやすい性質を持っていると思います。
しかし、本当の原因は見えにくいところにある場合も多いです。
「人を責めるな、仕組みを責めろ」という教えは、そのことを私たちに思い出させてくれます。
今回は会社での改善事例を挙げましたが、これは家事をどうやって回していくかなどのプライベートな問題にも活かせる考えですよね。
どんどん複雑性が増していく現代においては、全体をとらえて適切に介入する力を持つことが健やかに過ごしていくコツなのではないでしょうか。