
Web広告キャンペーンにおいて、自動化や機械学習がますます重要な役割を果たしていることは、もはや大きなニュースとは言えません。Googleをはじめ、最も普及している広告プラットフォームでは、入札最適化や広告配信などのプロセスを自動化する機能が提供されているだけでなく、ここ数年前からGoogleの「スマート」なプロダクトのように、AIを中心にしたソリューションも増加しており、広告運用者が手動で管理・最適化を行う余地が以前よりも少なくなりました。これはほぼ不可逆な時代の流れだと考えてよいでしょう。
またそれと同時に、「インターネット上のプライバシー保護」を背景に、どのようなユーザーデータが企業・ウェブサイトから取得可能かという枠組みの条件が大きく変わってきていることも事実です。ユーザーが自分のデータとその利用をよりコントロールできるようになる反面に広告プラットフォームのデータの質と量がおそらく低下する可能性が高いことを意味しています。
つまり私たち広告運用者は、自動化や機械学習がますます主流となる中、最適化の要となるデータへの依存度は高まっていますが、その肝心のデータ周りの弱体化が起こっているジレンマに直面せざるを得ません。どちらも不可逆な現象のため、今後のWeb広告の運用業務にも大きな影響を与える可能性がありますね。
さて、具体的に何が変化したかを整理しつつ、今後の広告運用者がどう適応すべきなのかという質問からはじめ、社内の有志を募いディスカッションを行いました。ディスカッションを通して出てきたおもな見解を紹介していきます。


目次
データの質へ変化をもたらした4つの背景を整理
まず、データの質が低下しているとは、具体的にどのようなことでしょうか。漠然としたイメージは持っていても、結局何がどう変わったのかピンと来ない方もいるのではないでしょうか。ここでまず、運用型広告関連のデータ状況が最近どのように変化したのか、大まかに把握する意味で、特に重要な出来事をいくつか紹介します。これらの出来事は、データの利用がますます困難になっていくことをよく表しており、今回の議論の背景にもなっています。
①iOS14以降
データ保護の観点から、AppleはITP(intelligent Tracking Prevention)機能に加えて、IDFA(Identifier for Advertising)の利用をユーザーが制御できるApp Tracking Transparency(ATT)が導入されたのが比較的多くの話題を呼びました。以降はオンライン広告においてユーザー行動の追跡に必要なデータを取得できるのは、ユーザーがアプリへの共有に同意した場合のみです。日本では、スマートフォントユーザーの約6割がiPhoneを使用しているため、特に大きな影響が予想されます。
②サードパーティークッキーの廃止
2023年半ばから、Chromeブラウザはサードパーティのクッキーをブロックする仕様になる予定です。スケジュール(本来は2022年から廃止する予定でした)は延期となったものの、サードパーティークッキーのサポートの終了自体はほぼ確定と考えてもいいでしょう。
参考: An updated timeline for Privacy Sandbox milestones
それによってコンバージョン測定から、リマーケティングや興味関心などのユーザーのクッキー情報に紐づいたターゲティングまで、複数の機能に影響を及ぼすと考えられています。
進むクッキーレス化に適応すべく、これらの従来の技術をどうやって代替できそうかというのは、広告プラットフォームにとって緊急な課題です。ただし、今のところほとんどのプラットフォームは対策を発表しておらず、唯一Googleが先駆者として代替案のFLoCという技術を開発しテストを行っています。
FLoCとはFederated Learning of Cohortsの略で、簡単に言えばユーザーを行動に基づいて「コホート」に分類し、それらをChromeブラウザに直接保存する技術です。そのため、ユーザーがあるページを訪れた際に、そのユーザーがどのコホートに所属しているか取得することができ、ターゲティングにも活用できるようになります。ただし、ユーザーが同意した場合に限ります。また、現時点では精度・粒度はリマーケティングや他の既存のターゲティングカテゴリーに劣ります。
参考: Google Developers Japan: FLoC の概要
③ポリシーと同意管理の強化
ウェブサイトや企業、組織がユーザーデータをどのように扱えるか、近年プライバシーポリシーの大幅な見直しによって変わりました。
ここで最も顕著な例は恐らくEU及び英国のGDPR(General Data Protection Regulation)やカリフォルニア州のCCPA(California Customer Privacy Act)でしょう。その結果、ユーザーはウェブサイトを訪問する際に、自分のデータの利用に同意するか否か、またどの範囲まで共有したいか、CMP(Consent Management Platform)を通じて確認する必要があります。
データの利用に同意しない人は、今後パーソナライズされた広告の対象から外れたり、コンバージョントラッキングで追えなかったりするなどの影響が予想できすようです。Googleはこうしてコンバージョン計測できなくなったユーザーをコンバージョンモデリングで補足するソリューションに取り組んでいます。
参考: Conversion modeling through Consent Mode in Google Ads
現時点では、イギリス・EU圏やカリフォルニア州に支店などを抱えたり、商品・サービスを提供したり、またはその地域からのユーザーデータを扱ったりするなどの場合を除いてこの問題は日本に直接影響を与えるものではありませんが、少なくとも世界的に見てその枠組みがいかに変化しつつあるかを示しています。
④プラットフォーム自体からのデータ制限
しかし、ここでもう一つの現象は、プラットフォーム自体が閲覧可能なデータを制限していることです。一つの例を挙げると、Google広告で閲覧可能な検索データをプライバシー保護の観点から制限する仕様変更は、ここ数ヶ月世界的に話題になっています。
また、削減幅は比較的大きく、検索広告の予算の約20%前後を占める配信分では、どの検索語句によるものか追跡することが難しくなっていました。これに限らずですが、広告プラットフォームのブラックボックス化が徐々に進んでいることは、広告運用者が今後適応していかなければならない状況の一つです。
上記以外にもデータの取得と扱いに関わる仕様変更はありますが、これらだけでも、ターゲティングやトラッキング技術という、標準とも呼べたものが近年ここま変容していることが見えるかと思います。
運用型広告がどう変わるべきか?人間の得意領域はクリエイティブ
自動化が進んでいる一方で、コンバージョンの計測からターゲティングの精度までが曖昧になってくることを想像すると、ちょっと不安になる広告運用者もいるのではないかと思います。特に、Web広告において自身の活動の場を、広告プラットフォームの管理画面という言わば「コックピット」のように強く意識しているケースなら尚更です。「機械」の存在がその領域に絶えず膨張してきているのなら「人間」の広告運用者にはいったい何ができるか、疑問を持つのも自然でしょう。
まず、ひとつはっきりしているのは、今まで自由自在に扱えたデータやそれに基づく便利な機能がそのまま戻ってくる確率はほぼゼロである、ということです。(同じく広告運用者として元に戻したい気持ちは分かりますが。)
さらに、もう一つ明確なことがあります。どんな種類の広告でも「見ているのは人である」という事実です。
それは、仮にターゲティングの微調整や綿密な入札の最適化を機械に譲ったとしても、「広告を通じて、人の心を動かす」という広告の本来の役割は変わらないということです。むしろ設定面がアルゴリズムに支配されているからこそ、広告、つまりクリエイティブが再び大きなウェイトを占める時代になっていく可能性が高いということだと思います。クリエイティブこそが人間が機械に勝る分野の一つであると言っても過言ではないでしょう。
今後、広告運用者にとっては、管理画面での小手先の調整の巧拙ではなく、いかにアルゴリズムを理解したうえで人の心に訴えかけるクリエイティブを作れるか、が大事なテーマになると考えられます。
もちろん、この見解自体はさほど新しいという訳ではありません。しかし、運用型広告が良くも悪くも管理画面の数字至上主義になりやすい性質をもつがゆえに見落とされがちな視点でもあると思います。プラットフォームとデータの進化によって、人間が作るクリエイティブの価値を再認識するチャンスと捉えても良さそうです。
例えば、BtoBの検索広告でタイトルに「法人向け」とさりげなく追記する小さな工夫は、クリック率は下がりそうで、機械だとあまりいい広告と評価しないかもしれないのですが、敢えて追記したことによってクリック率が低くてもメッセージをより確度の高い「法人」に絞ることができ、ノイズとなるトラフィックをカットすることができますよね。
このような文脈まで機械はまだ想像できないですし、そこを見切るのは人の能力だと思います。
広告運用者に今後重宝されるスキルとは?
今後の運用型広告において非常に有益なスキルは数多くあると考えられますが、中でもこの3つは特に重要になるでしょう:
①想像力

潜在的な顧客が持っているニーズ(および課題)について考えられるだけでなく、ビジネスが顧客のために何ができるかまで想像できることを意味しています。
例えば、なぜその商品が選ばれるのか(もしくはなぜ選ばれないのか)を始め、自分がもしユーザーだったら何を商品やサービスに期待するかまで想像し言語化することができるなら、理想的な顧客コミュニケーションの貴重な手がかりとなります。このスキルがまず必要不可欠だと言えます。
言うまでもなく、こちらにはしっかりとした仮説を立てられることも含まれます。
②より多くの引き出しを持つこと

広告運用者は、製品やサービスはもちろんのこと、文化や日常の出来事にも詳しくならなければならない仕事だと言えます。ある意味、ユーザーとの共通言語をうまく成り立たせることが広告のメッセージで重要なので、場面に応じて連想できるボキャブラリーの豊富さによってクリエイティブの質が左右されやすいです。
簡単に言えば、宣伝する製品が20代向けファッションと、中小企業向けのソフトウェア・ソリューションとで、対象となり得るユーザーから実際に作る広告のビジュアルとコピーの切り口まで大きく異なることは想像しやすいでしょう。どのビジネスでも喜ばれる広告が作れるように、常に幅広い知識を培い、ナレッジの引き出しの数を増やしていく必要があります。
③クリエイティビティ

しかし、最終的には、これらの複雑な知識を1つの簡潔なメッセージに落とし込むスキルもとても大切です。漠然としたユーザーの気持ち・悩みをいかにして形にし、それを視覚的、言語的に訴求できるかということです。また、必要に応じていわゆるベストプラクティスから脱却することも含まれています。常に現状に挑戦し、より良い答えを探すことは、広告運用者にとってこれまで以上に重要になるでしょう。
当然ながら、これら3つは「今後」に限らず、既に大きな価値を持つスキルです。もっと言えばおそらく過去に多くの広告キャンペーンを成功に導いたスキルでもあったと思います。しかし、将来的には、広告運用者が一流か平凡かを差別化する要因としてさらに高く評価されることになるでしょう。
管理画面に固執し過ぎず、ビジネスの理解をもっと深めよう
極端な例として、広告のパフォーマンスデータが全く見えなくなった状況を想像してみましょう。
このとき、その広告の掲載をやめますか?
恐らくどの広告運用者に聞いても、答えは紛れもなく「NO」ですよね。そもそもビジネスを拡大するために特定の広告チャネルを使用するという戦略的な決定は、「トラッキングが非常に正確に機能している」などという事実に基づくものではありません。宣伝したい製品やサービスに対して最も価値のあるユーザーがどのメディアに集中していて、メディアの中でどのように活動しているか、という知識によって決められますよね。
例えば、ある商品の購入意図が強いユーザーであれば、それは検索で顕在化することが多いのでGoogleとYahoo!の検索を選ぶでしょうし、逆に衝動買いしやすい商材であればそのターゲット層に届きやすいディスプレイ媒体を選ぶことが多いでしょう。このような考え方は、今後プラットフォームや規制の枠組みがどのように進化しようとも、変わらないことだと言えます。もし、データが見えないのであれば出稿を取りやめるような広告手法については、その意義を再考してみてもよさそうですね。
もちろん、各種広告管理画面の機能をマスターすることは、広告運用者にとって大前提なスキルでもありますが、そこだけに拘り過ぎずビジネスとその顧客になり得るユーザーのことを深く理解しようとする姿勢、そしてそこから手に入れたインサイトや仮説をクリエイティブに落とし込めるか否かは今後もさらに広告キャンペーンの成功を左右する要素になるでしょう。
かつては、広告管理画面に貼りつくだけでもある程度うまくいった時代はありましたが、今後はデータの可視性が低下し、自動化の影響が着実に大きくなっていることを加味して、この旧来のやり方はそろそろ終わりだ、と捉えてもいいと言えます。
