運用型広告運用者のための抽象度ピラミッド

運用型広告運用者のための抽象度ピラミッド
この記事は最終更新日から約1年が経過しています。

2020年の出だしがこんな世界になるとはだれが予測できただろうか。兎にも角にも飲み会は減り、以前よりも自宅や事務所で過ごす機会が多くなり、結果的に一人で思考する時間が格段に増えたのは個人的には決して悪い事ばかりではなかった。

そんな中、SNSでは盛んに「マーケター」という言葉の取り扱いに関する議論が巻き起こされていた。実はこれ、今に始まったことではなく、SNSというものが出てきた当初から行われているポジショントークから派生する議論であり、哲学的に回答すると「一般化のワナ」なので正直あまり興味もないのだが、眺めているうちに個人的にも大きな変化があったので書きおこしておこうと筆を執った。

一般化のワナとは?

僕たちがそうした自分の経験を過度に“一般化”して、まるでそれが絶対に正しいことであるかのように主張したとしたら、それは大きな問題だ。
「貧しい奴らは努力が足りん!」「自己責任だ!」とか、その反対に、「金持ちはみんなけしからん!」とか、そんな話はあちこちで聞く。
でもそれは、あまりにひどい経験の“一般化”だと言わなきゃならない。
どれだけがんばっても、病気や親の介護といったさまざまな理由で、どうしても貧しさからはい上がれない場合もある。稼いだお金を、社会にどんどん還元しているお金持ちもいるだろう。
にもかかわらず、僕たちはあまりにしばしば、自分の経験を過度に一般化してしまうのだ。

 これを僕は、「一般化のワナ」と呼んでいる。苫野 一徳

私の中で「マーケター」というものは崇高な職業だ。巨人の肩に乗ること自体を否定するつもりは一切ないが、決してマーケティングのフレームワークを知っているだけの人を指すわけではないし、特定のチャネルのプロフェッショナルを指すわけでもない。強いて定義をするのであれば、ビジネスをドライブさせることが出来る人、またはその経験がある人を指す。ビジネスには人、物、金、流通チャネル、実行力、タイミングを含めた幅広い洞察など、様々な要素が複雑に絡み合っている。それらは必要不可欠なものばかりであり、よほどの豪運を持ち合わせない限り、どれか一つが揃ったからといってドライブすることはあり得ないからだ。

怖い話はこれくらいにしておいて、私が運用型広告という仕事に携わることになり、今年で16年ほどの年月が経過している。古参もいいところだし、自分より歴が長い人は皆無に等しいと思う。皆どこかにいなくなってしまった。極度の飽き性である自分が言うのもなんだが、この世界は非常に面白い。この「面白い」を要素分解すると、常に変化が伴うことは勿論なんだが、レスポンスを即座にダイレクトに受け取る事が出来て、企業によっては経営の根幹になり得るトリガーを疑似的にでも握っている感覚に襲われることだろうと思う。その醍醐味を知ったらまず飽きることはない。一種の中毒とも言える。

ところが、この中毒性とはうまく付き合っていかないといけない。

自己実現理論で有名なアメリカの心理学者 アブラハム・マズローの言葉に、以下のようなものがある。

If the only tool you have is a hammer, to treat everything as if it were a nail.
金槌を使えるものはすべてのものを釘とみてしまう

これは運用型広告に携わる者に限らず、専門性の高い技術を取り扱うプロフェッショナルと呼ばれる職業、すべての方々に言えることだ。Instagramに長けた人はInstagramで物事を解決しようとするが、そもそもInstagramが適していない商材は世の中に山ほどある。

恨みはないが、私の大好物であるぴょんぴょん舎の冷麺はInstagramではあまり売れまい(売れたとしたら岩手県出身などでぴょんぴょん舎を以前から知り、偶然でくわし、思い出した人くらいだろう)。これと同じく、運用型広告に携わる人々はどんな問題でも運用型広告で解決しようとしがちだ。金槌を使えるからと言ってすべての物を釘と見てはいけない。

これは非常に危ない傾向で、技術を知ろう、極めようとする姿勢はプロフェッショナルとして必要不可欠だが、技術に傾向し過ぎると本来の目的から逸脱し、ダークサイドに落ちかねない。

本来、問題解決というものは、その問題のもう一つ上の抽象度で見なければ解決することが出来ないのを忘れてはいけない。その問題の渦中にいてはその問題にすら気づくことは出来ず、その問題自体を俯瞰して見ることでしか解決方法は導けない。いわゆる鳥の目というやつだ。

そこで、運用型広告運用者の為の抽象度ピラミッドというものを作ったので共有しておきたい。

  • tier5、新しいルールの発見、またはフレームワークの開発
  • tier4、クライアントの想像を超える提案ができる状態、所謂参謀(技術の横展開、出店計画、マーケティング全体のポートフォリオ設計など、経営会議に呼ばれるレベル)
  • tier3、クライアントの目的を見直し、正しいKPI、ポートフォリオを設定し、結果を出せる状態 or 事業全体のボトルネックの発見及び、その改善案を出せる状態
  • tier2、クライアントの目標達成のポートフォリオのイメージが湧き、思ったとおり、またはそれ以上の結果が出る/出ないの判断ができる状態
  • tier1、運用型広告の知識があり、管理画面の操作がわかる状態
  • tier0、何から初めていいのかわからない状態

この抽象度ピラミッドは私が代々木のルノアールでちょちょっと作ったものであり、人事に「こんなもんかね?」と投げて整えてもらった程度のまだ完全な物ではないが、広告代理店バージョンとして方向性とセンスは悪くないと思う。この図の詳細な項目はそれぞれの企業の方針などで多少変えても良いとは思うが、こういったロードマップがあることで自分の現在地が知れるという事に価値がある。

また、これはあくまで運用者、いわゆるプレイヤーとしての抽象度であることは強調しておきたい。マネジメントの領域はこの抽象度ピラミッドとは別の形で必要になってくる。

手段の最適化自体は決して悪いことではないが、どれだけ運用型広告に長けていても、それはビジネスをドライブさせるためのたった一つの手段に過ぎないということを忘れてはいけない。

例えば通販事業一つ見ても、商品の開発・仕入れ、値決め、サイト制作(物撮り、コピーライティング、ほか多数)、カートや決済手段・物流の選定、ブランディング、PR、集客、資金調達、人材確保など、実はまだまだあるのだが、やらなければいけない事を数えあげると枚挙に暇がない。

通販事業に限らない話だが、ビジネスをドライブさせることで大事なことは、今はどこのレバーをいじると最も投資対効果が得られるのか?レバレッジがかかるのかという事を見極めることだ。さらに、短期的な利を取るのか、長期的な利を取るのか、または両輪なのか。それはビジョンだったり、立てた目標だったりで様々だが、その選択を常に迫られているということを肝に銘じよう。

どこをみて仕事するのかということ

「運用型広告の運用という仕事なのにそこまで見なきゃいけないの?」という声が聞こえてきそうだが、その通りだ。勿論、私自身が「一般化のワナ」に陥っている可能性は否めないが、少なくとも我々はそこを目指しているし、そういうメンバーと一緒に働きたいと思っている。目指すのは自由だ。結局のところ、同じ仕事をしていても人によって成長速度が異なることを説明するには抽象度の概念が分かりやすい。人の成長とはどこをみて仕事をするのかということに尽きる。

別の場所でも書いたが、抽象度を説明するには、イソップ寓話「3人のレンガ職人」の話がわかりやすい。有名な話なので詳細は割愛するが、3人はレンガを積んでいた。それぞれに何をしているのか尋ねると、1人目は「親方の命令でレンガを積んでいる」と答え、2人目は「レンガを積んで壁を作っている」と答え、3人目は「偉大な大聖堂を作ってる」と答えたという話だ。

3人のやっている仕事は一緒なのにも関わらず、抽象度が明らかに違う。更にこの話にはオチがあって、10年後、1人目は相変わらず働き続け、2人目はより高賃金な危険な仕事をしていた、3人目は多くの職人を輩出し、出来上がった大聖堂には彼の名前が付いたのだそうだ。3人のレンガ職人から見る教訓は、多くの問題は抽象度が低いことに起因するということだ。

言わずもがなだが、マーケターと名乗るのであれば部分最適で満足してはいけないのだ。また、本当の意味で部分最適を行おうとするならば、全体を俯瞰してみる鳥の目無くして出来るはずもないだろう。

もっとビジネスに寄り添おう。商売人であれ。

関連記事