つい今年の4月に3度目に延期したばかりのChromeブラウザにおけるサードパーティーCookieの廃止を撤回することをグーグルが今回発表しました。この方針転換の背景と、今後のウェブ広告にとってどのような意味を持つのか、詳しく見ていきたいと思います。
データ保護に対する批判が再燃
グーグルの「プライバシーサンドボックス」プロジェクト担当バイスプレジデントのアンソニー・チャベス氏が7月22日、自社のデータ保護における新たな方向性に関する投稿で、ChromeブラウザからサードパーティCookieを廃止する計画を撤回することを比較的さりげなく発表したとき、オンライン広告業界に携わる方は多かれ少なかれ驚いたのではないのでしょうか。
今回の方針の軌道修正の主な理由は、プライバシーサンドボックスが広告業界の各方面から、とりわけ英国の競争・市場庁(CMA)とデータ保護機関の情報コミッショナー事務局(ICO)から受けたフィードバックにある、とチャベス氏が述べました。
参考:A new path for Privacy Sandbox on the web
これらの当局の批判は多岐にわたりますが、簡単にまとめると、技術の提供者としてのグーグルが独占的地位を利用でき、他社に対して競争上有利になる可能性があること、また、データに対する透明性やコントロールが不十分な可能性があり、ユーザーにとってプライバシー保護上のリスクをはらんでいること、という懸念点は中心的でした。
参考(PDF):CMA Q1 2024 update report on implementation of the Privacy Sandbox commitment - GOV.UK
しかも、プライバシーサンドボックスがデータ保護上に問題視されるのは今回が初めてではありません。例えば、トピックスAPIの前身プロジェクト「FLoC」(Federated Learning of Cohorts)が当時データ保護の観点から批判されたこともまだ記憶に新しいでしょう。
参考:What’s Google FLoC? And How Does It Affect Your Privacy? | WIRED
この歴史は、今回のグーグルの方向転換においてもある程度繰り返されている、とも言えますね。
プライバシーサンドボックスの「新たなる道」か
さて、グーグルのデータ保護に関する新しい取り組みはどのようなものになるのでしょうか。
チャベス氏によれば、グーグルはこれからもサードパーティCookieの機能を代替する技術として引き続きプライバシーサンドボックスの開発を進める模様です。
さらに、第三者にデータを共有するかどうかをユーザー自身が自由に決定できる「新しい体験」を発表しました。この機能が具体的にどのようなものになるかはまだ不明なのですが、おそらくアップルの「App Tracking Transparency(ATT)」ダイアログに似たものになる可能性は十分に考えられます。
一方で、オンラインマーケティングを専門とする市場調査会社eMarketerのアナリスト、イヴリン・ミッチェル=ウルフ氏は、もしアップルのようにポップアップという形になる場合、多くのユーザーがオプトアウトを決定する潜在的リスクがあると見ています。(2023年の調査によると、ATTのオプトイン率はわずか29%でした。)
参考:Google says it will not deprecate third-party cookies on Chrome
加えて、Chromeブラウザのシークレット・モードにおけるIP保護機能の提案も発表されました。IPアドレスはユーザーを特定する容易な方法であるため、この機能はユーザーが望まないクロスサイトトラッキングに対する追加的な保護措置を提供することを意図しているようです。いつChromeブラウザに提供されるかはまだ決まっていませんが、公式のドキュメントでは現在の目標は2025年以降になっているとされています。
参考:IP 保護 | Privacy Sandbox | Google for Developers
グーグルの新しいソリューションにユーザーがどう反応するか今後注目ですね。
競合にとって有利な展開と見なす声も
今年前半から、グーグルおよびクリテオ(Criteo)などのアドテク企業が、プライバシーサンドボックスの大規模なテストを実施してきました。中でもグーグルがテスト結果を元にプライバシーサンドボックスの有望性を強調しているのですが、上記のCMAとICOが批判したことは、グーグルが自社のテクノロジーをデータ保護規制に準拠させるために、さらなる調整を余儀なくされることを意味しています。
そして、これには時間がかかる可能性が高いからこそ、ChromeブラウザのサードパーティCookieの廃止を撤回したことが、グーグル側にもある種の戦略的な側面があるかもしれません。
なぜなら、競争相手も眠っていないからです。前述のeMarketerは、プライバシーサンドボックスの軌道修正は、逆にグーグルの競合他社に自社の技術を普及させるチャンスを与える可能性さえあると推測しています。特にここでの焦点は、The Trade Deskとアマゾンの動向です。
参考:UK regulators say Privacy Sandbox isn’t ready for market
両社とも、データ保護に準拠したサードパーティートラッキングの代替技術に以前から取り組んでおり(the Trade DeskはUnified ID 2、アマゾンはID++)、これらは少なくとも理論的には、この分野でのグーグルの市場参入を決定的に先取りする可能性があると考えられます。
Cookie廃止の撤回後も、プライバシー保護の重要性は変わらず
ChromeブラウザのサードパーティCookieサポートが廃止されなくなったことは、確かにその技術が来年からも消滅しないことを意味しますが、ウェブ広告におけるターゲティングや計測に関して単に時計の針が数年前に戻された、と考えることは誤解だと思います。
GoogleがサードパーティーCookieを残す方針を決断したにもかかわらず、世間でのデータ保護への関心の高まりは、今後も覆ることのない傾向だと考えることが自然でしょう。Chromeブラウザのユーザーのシェアは大きいものの全ウェブトラフィックの一部でしかなく、SafariやFirefoxのような競合ブラウザですでにデフォルトとしてCookieが制限されている背景があり、またグーグルがプライバシーサンドボックスのような脱クッキー技術に投資し続けているのも、この現実を物語っていると言えます。
したがって、サードパーティCookieが残ることをせいぜいいっときのモラトリアムとして捉えつつ、今後も広告主や広告運用者がCookieが担ってきた機能の代替案を探る方針を維持することは、戦略的に非常に重要と言えそうです。