具体と抽象を行き来するために必要なこと

具体と抽象を行き来するために必要なこと

ある企業が「商品のパッケージを変更するにあたって、どの案がよいか?」という内容のユーザーアンケートを行ったとします。

以下の報告を読んで、どのような感想を抱くでしょうか?

Aさんの報告

「好ましいパッケージについてユーザーにアンケートをとったところ、a案が65%の票を獲得したため、a案を採用できればと思います」

Bさんの報告

「今回のアンケートを通して傾向が見えてきたかと思いますので、今回のパッケージ案にとどまらずその他の施策にも活かしていければと思います」

具体と抽象を行き来するとは

Aさんの報告は具体的で結果が明確ですが、なぜa案が支持されたのかについては考察されておらず、本当にa案がベストな選択肢なのか疑問が残ります。

一方、Bさんの報告には、アンケート結果を今後の施策にも活かしていけると書いてあります。しかし、話が抽象的で実際どのように活かしていけるのかが分かりません。

報告を読む限り、Aさんは具体論に意識を向けすぎるあまり、本質的な問題を捉えられていないですし、Bさんは抽象的な言葉のみで議論を進めているため、机上の空論のように感じてしまいます。

ここでCさんの報告を読んでみましょう。

Cさんの報告

「今回のアンケートでは、a案のパッケージが最も票を集めました。商品名の視認性をしっかり担保することで既存のユーザーへのアプローチは継続しつつ、柔らかい印象のデザインに変更したことで商品への安心感が増し、お子さんのいらっしゃる家庭にもターゲット層を拡大できているようです。このアンケートを踏まえ、パッケージのブラッシュアップ案と、新たなターゲット層にアプローチするための施策案を3つ用意しました・・・(具体案に続く)」

なぜa案が支持されたのか?という点に目を向けつつ、今後の具体的な施策まで提示しているCさんの報告を読むと、視界がクリアになり物事が進んでいく印象を抱くのではないでしょうか。

細谷功著(2020)『「具体⇔抽象」トレーニング 思考力が飛躍的にアップする29問』(PHPビジネス新書)には、ここまで述べた3つのパターンが「問題解決の3パターン」として紹介されています。

①具体→具体の問題解決:Aさん

②抽象→抽象の問題解決:Bさん

③具体→抽象→具体の問題解決:Cさん

アナグラムの運用型広告のエキスパートには「戦略を考えるコンサルタント」と「戦術を実施するオペレータ」の両方の役割を担ってほしいと考えているため、会社としてもこの本の内容や問題解決の3パターンの区分けを大いに参考にしながら「具体と抽象を行き来しよう」というテーマの新人研修を行っています。

具体と抽象を行き来できないパターン

しかし、言うは易し行うは難し。研修の意識づけは本質的な問題解決をするための第一歩ではありますが、それだけで上手くいく訳ではありません。

そこでまずは、具体と抽象を行き来できない理由を2つのパターンに分類し、解決策を探ってみます。

①適切な抽象化、具体化ができないパターン

抽象化、具体化といっても「抽象的な事柄」「具体的な事柄」の2つに分けられるわけではなく、あくまでグラデーションです。

そのため「抽象化を意識しよう」と思ったとしても、適切なレイヤーの抽象度でなければ議論が意味をなさなくなってしまいます。

たとえば、サッカーのレプリカユニフォームを売るときに「スポーツチームのファングッズ」という抽象度で他のチームの売り方をリサーチすれば参考になる部分があるかもしれませんが、「Tシャツ」という抽象度でユニクロの売り方をリサーチしてもあまり参考にならないかもしれません。

また、具体論になればなるほど選択肢は多くなっていくため、「具体的な事柄を付け加えよう」と思っても、相手がイメージしやすい具体例や適切な案を思いつかないという場合もあります。

このパターンでつまづいている場合の解決策は、「なにかを突き詰めること」そして「多様な経験を積むこと」だと考えています。

なにかを突き詰めることによって得られる経験の”深み”と、多様な経験を積むことで得られる”幅”の両方をバランスよく伸ばしていくイメージです。

「なにかを突き詰めること」という点に関して、突き詰めるものは目の前の仕事でも趣味でもよいです。学生であれば学業でも部活でもよいでしょう。対象は何であっても、真剣に取り組み、その事柄に対する解像度をあげることが重要だと考えています。なぜなら、解像度があがれば、抽象度のグラデーションをより細かに認識できるようになるからです。

私自身、マーケティングの領域に取り組んだ結果「求めている人と届けたい人をつなげる」ための考え方や施策に対する解像度があがり、人事に異動してからも「求職者と企業をつなげる」という採用領域に経験を転用できたと感じます。

もう一つの「多様な経験を積む」という点に関しては、異なるコミュニティに属したり、未知のコンテンツに触れたり、いつもとは違う場所に行ってみたりするとよいと考えています。

近年では、AIが発達した結果、自分が気に入りそうなコンテンツばかりを勧められるようになったため、スマホを見ていても無意識的に同じような経験ばかり積んでしまいがちです。

意識的に軸をずらし、自分が知っていることとの類似性を他分野に見出すことができれば、抽象化の質も高まりますし、具体例の幅も広がっていくでしょう。

②できるはずの人が本質的な問題解決を行えないパターン

ビジネスを理論的に学び、実戦経験もある優秀な社員が入社したにもかかわらず、なかなか会社の売上アップに貢献できていない。こんな場面に遭遇したことはないでしょうか?

抽象化も具体化もできるはずなのに、本質的な問題解決を行えていない場合は、環境が抽象と具体の行き来を阻害していると考えられます。

②のケースは具体⇔抽象の行き来をする能力があるにもかかわらず、自分の意識や行動でどうにかできる要素が少ないため、①より解決が難しいように思えます。

よくある阻害パターンは以下の3つです。

1. 細かく分業されていて、本質的な問題が見えていない

分業は仕事を効率化する一方で、本質的な問題を見えにくくする作用があります。

「あなたは広告運用の担当です」と言われると、本当に必要なのは自社SNSの運用だったとしても「WEB広告で売上を上げるにはどうしたらよいのか?」という発想しか生まれなくなってしまう、というケースは多々あるのではないでしょうか。

If all you have is a hammer,Everything looks like a nail

という、欲求5段階説で有名なマズローの言葉をもとにしたことわざがありますが、ここでも述べられているように「金槌しか持っていなければすべてのものが釘のように見えてしまう」のです。

そのため、分業が行われている組織に所属している場合は、自分より上のレイヤーの立場にいる人の目標を意識することが有効だと考えています。

広告運用担当なのであれば「マーケティング部の部長は何を求められているのだろう?」と考えることで、より本質的な問題解決につながるかもしれません。

もちろん会社ごとにさまざまな事情があるため難しいことは承知のうえですが、全リソースを使って運用型広告経由の売上を5%向上させるよりも、広告は成果を維持しつつ空いた時間でボトルネックとなっていたSNSの運用を行って全体の売上を2倍にするほうが本質的な働きをしていると言えるのではないでしょうか。

2. 上司に細かく指示される or 細かいマニュアルが用意されている

上司が仕事内容をこと細かに指示したり、マニュアル通りに進めることが推奨されている場合、自分で考えることがバカバカしくなってしまうかもしれません。

「結局修正されるから」

「マニュアル通りにしないと怒られるから」

そういった思考に陥ってしまうと、抽象と具体を行き来した本質的な提案は生まれなくなっていくでしょう。

マネジメント側が現場に裁量をもたせることを意識できればよいですが、現場側に行えることは、上司を説得する・結果を出して自分が昇格する、などなかなかハードルが高いように思います。

3. KPIが本質的ではない

社員が目指すKPIがそもそもズレている、という場合も考えられます。

  • 会社が目指しているのは顧客に対して価値を生むことであるのに、売上がノルマになっているがために「価値を創出していない売上」が生じてしまう
  • ユーザー数を増やしたいと考えていたのに、「リード獲得」をKPIにしたためにユーザーにならない検討度の浅いリードが増えて営業部が疲弊してしまう

もちろん、本質的な課題に向き合いつつKPIも達成することができるのであればこの上ないですが、KPIの達成が自身の評価につながっている以上、本質的な課題解決になっていないと認識していたとしても、行動を変えるのはなかなか難しいかもしれません。

具体と抽象を行き来する社員を育てるために組織として行えること

ここまで、具体と抽象を行き来できないパターンを考えてきましたが、これらの事象を踏まえたうえで、組織として「本質的な問題解決を行える社員」を育てるためにはどうしたらよいでしょうか?

まとめると、下記の5項目を実行することではないかと考えています。

  • なにかを思い切り突き詰めることをサポートする施策
  • 多様な経験を積みやすくなるような施策
  • 分業によって視野が狭くならないようにする組織作り
  • 個人の特性を活かしアイデアを生むためのマネジメント
  • 本質的な課題に向き合うためのKPI/評価制度設計

この5項目をもとに、具体的にはどのような取り組みがあるのか、一例としてアナグラムで行っていることをご紹介しましょう。

学びのための制度

目の前の仕事に思い切り取り組みたいという社員を後押しするため、特に学びのための福利厚生を充実させています。

書籍代は仕事に活かせるものであれば、事前申請することなく経費で購入できたり、セミナーや勉強会への参加費も全額会社負担です。

旅休暇

多様な経験を積むことを会社として支援するための福利厚生の1つが「旅休暇」です。

旅休暇とは入社後2年経った正社員が毎年3日間の特別休暇を取得できる制度で、もちろん社員のリフレッシュ目的もありますが、旅を通した経験が仕事に活きるという思想が背景にあります。

東京で日々過ごしていると気が付かない地域ごとの違い、はたまた共通点を知ることで、抽象化の精度も高まると考えています。

金沢の経営課題解決ワークショップへの参加

さらに「多様な経験を積む」ための施策として、希望制で金沢の経営課題解決ワークショップに参加しています。

このワークショップは、地域企業が持つ本物の課題を、その場に集ったメンバーとチームを組み解決していくというものです。

初対面のメンバーや地域企業の経営者とディスカッションしながら提案を作っていく密度の濃い3日間を過ごすことで、ふだんの仕事ではなかなか得られない経験を積むことができます。

参加しているワークショップはこちら:https://kanazawa-workit.com/service/

一気通貫・逆ピラミッド・売上ノルマなし

②のできるはずの人が本質的な問題解決を行えないパターンについては、1人1人の意識に頼るだけでは解決がむずかしい場合も多いので、組織として仕組みを作ることが必要になってきます。

アナグラムで実施している制度は以下の3つです。

一気通貫制

一般的な運用型広告の代理店が「運用担当」「営業担当」というように分業して仕事をしている一方で、アナグラムでは広告運用からクライアント対応までを1人の担当者が行う一気通貫の体制(ワンストップの体制)を敷いています。

そうすることで、「営業担当がクライアントとKPIを握ってしまったため、それが課題解決につながらないと思っても方針を変えられない」「運用側がやっていることは細かく分からないので、打ち合わせで具体的な回答ができない」というような状況は生まれなくなります。

クライアントとコミュニケーションを取りながら本質的な問題を把握し、それを運用型広告やその他マーケティング手法などを使って解決していくという、具体と抽象を行き来するアプローチをとりやすくなる体制が一気通貫制なのです。

もちろん、運用型広告の代理店という業種だからこそ一気通貫での業務が機能するという側面はありますが、できる限り上流から関わってもらう・上流の意図を明確に伝える、など分業制においても意識できるポイントはあると考えています。

逆ピラミッド制

アナグラムには、上司が指示をして部下が実行するという一般的なヒエラルキー構造はありません。

もちろん上長がアドバイスをすることはありますが、常日頃から案件に向き合っている担当者が決定権を持ち、最終的な判断を行う逆ピラミッドの体制をとっています。

この組織設計は、メンバーの思考を極力邪魔しないものです。

上司に言われたからやる、という思考停止の状態に陥ることはないため、具体と抽象を行き来しながらよりよいアイディアを出しやすくなります。

逆ピラミッド制を敷けない会社であっても、マネジメント側のフィードバックに活かすことは可能です。細かな指示をするのではなく、抽象的な教訓と具体的な提案をあわせて伝えることで、具体⇔抽象の行き来の制度は高まっていくと考えられます。

例)サイトのトップに表示されるバナー案を部下から提案された場合

△「サイトトップの画像は、こっちを使って」

〇「トップの画像は男性に絞らない方がいいと思います。なぜなら、ユーザーは女性も含まれるからです。

人間は、ほとんどのことを直感で判断します。直感的に「わたしに関係ない」と思うと、直帰されてしまい二度と戻ってこないと思った方がよいです。(抽象的な教訓)

男性の画像だと、女性が無意識に「わたしに関係ない」と思い直帰してしまうリスクがあります。だから、女性の画像や、人間じゃない画像もテストしてみた方がいいと思います。

この素材サイトにあるこの画像とか良さそうです。(具体的な提案)」

売上ノルマなし

メンバーが本質的な課題に向き合うために、アナグラムでは売上ノルマを設けていません。

売上で管理するのは分かりやすく短期的な成果をあげやすいですが、長期的に見ると売上ノルマが原因で本質的な問題解決から遠ざかってしまう場合が多いと考えているからです。

広告運用において「売上ノルマを達成するために、顧客にとって必要のない増額提案をする」というような事象は起きず、クライアントの問題解決への貢献度が評価される仕組みになっています。

まとめ

具体と抽象を行き来できる人材として問題解決に向き合えるようになるには、個人的な行動の変化と組織的な体制の変化の両軸が必要であると考えています。

今回は運用型広告の代理店であるアナグラムの事例を紹介しましたが、組織によって最適なサポートや体制は異なるでしょう。

意識だけで行動を変えようと思うのは大変です。具体化・抽象化の精度を高めるためにサポートできることはないか?組織の体制として行動を阻害している部分はないか?という視点にたって仕組みを構築することで、具体と抽象を行き来し本質的な問題解決を行えるようになっていくのではないでしょうか。

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