「運用型広告会社の社長は、最後まで自身で運用すべきである」
ーーー社長を交代しようと思った理由は何だったのでしょう?
阿部 現在はアナグラムの顧問として関わってもらっている岡田吉弘さんに、10何年か前「運用型広告の会社の社長は、できるかぎり最後まで自身で運用をしたほうがいい」と言われたことがありました。
変化のスピードが速い業界なので、自分が運用していないとリアリティをもってその変化を感じられないし、運用者の気持ちが分からなかったらマネジメントもできないというのは納得するところでした。
それ以来、この話は一時も脳裏から離れたことはなく、組織の拡大やそれに伴うさまざまな仕組みづくり、資金調達などにより業務が拡大していき、その結果私が運用から離れようとしたタイミングで、いつかは社長を交代したほうがいいとは思っていたんです。ただ、交代のタイミングがいつなのかが分かりませんでした。
ーーーこのタイミングでの交代を決意したのはなぜですか?
阿部 ここ数年ずっと言われていますが、やはりテクノロジーやセキュリティというところがますます大事になってきている。そういった情勢を鑑みて、今だろうと決意しました。
cookieの問題やGA4の登場など、状況はますます複雑化していきます。テック系の取り組みは会社としてこれまでも進めていましたが、さらに時代の要請は強まっていくでしょうね。
そんな中で「テクノロジーを活用して課題を解決する」という側面と「ビジネスの奥行きを理解してクライアントに伴走する」という側面のバランスをとるためには、社長というポジションはテックや運用型広告を理解して推し進められる人に任せつつ、私自身が好きで得意であるビジネスの部分は別の角度からフォローしていく、という役割分担が適切だろうと判断しました。
現代の「粋な商売人」に求められること
ーーー阿部さんは常々「粋な商売人を輩出したい」とおっしゃっていますが、その「粋な商売人」に求められるものが変わってきているということでしょうか?
阿部 テクノロジーやセキュリティとの共存がこれまでよりも重要になってきている、というのはありますが、「粋な商売人」に求められるものは大きくは変わっていません。むしろ、見えるものだけを見ようとせず、見えにくい「商売(ビジネス)の本質」を理解することが、より大事になってきているな、と感じます。
たとえば、動画の再生回数を増やそうと思えば、”釣りタイトル”や“釣りサムネ”のようなものでクリックさせたり、内容を過激にしたりすることで簡単に達成できるでしょう。でも、これまで数百・数千の商売を見てきた私からすれば、それによって「何かが失われている」というのは間違いないです。
ただ、その「何かが失われている」ということを現代のテクノロジーで証明するのはとても難しい。悪魔の証明と言えるかもしれません。
つまり、「再生回数」などの短期的な視点にばかり注視するのではなく、商売の本質を見極めて長期的な視点をもった動きをとれる人材こそが、現代における粋な商売人なのかな、と。そして、そういった人材をこれまで以上により多く輩出するには、現在のアナグラムの構造そのものを変えていくべきタイミングであろうと考えました。
ーーー「粋な商売人」の輩出をさらに加速するため、今後は小山さんを社長に据えて、運用型広告におけるテクノロジーの活用といった部分をさらに強化していきつつ、阿部さんはビジネスの理解を促すような役割を担っていくということでしょうか?
阿部 はい、その通りです。運用型広告を伸ばそうと思ったら、ビジネスの話をしなければいけません。でもそれは、ビジネスの話だけをして、運用型広告の技術的な部分をないがしろするということではありません。
これまではそのバランスをとるのが難しかったわけですが、小山くんが社長として運用型広告とテクノロジーの部分にフォーカスしてくれる分、私は別のポジションである取締役会長としてHR部門を統括しながらビジネスの話を存分にすることができます。
まだ構想段階ですが「アナグラム大学」のようなものを作って、社内のメンバーにビジネスのより深い、生々しい話をしていけるといいなと考えています。実際に経営者としてやってきた人にしか語れないことがあると思うので。
あとは、フィードフォースグループ全体のシナジーをさらに生み出す取り組みにも着手したいです。サービス間の連携はもちろん、自身の興味の中心であるHR領域の強化などですね。まだまだ伸びしろだらけですよ。
大切なことを、言語化せずとも分かっているから任せられる
ーーー阿部さんから小山さんには、1年ほど前に社長就任の打診があったと聞きました。そのときの気持ちを教えてください。
小山 僕は入社してちょうど10年になる年なんですが、どこかのタイミングで社長をやるだろうと思ってはいたので、大きな驚きはありませんでした。想定していたよりは数年早かったですが。
そのつもりで最近は社内の色々な仕事を拾うようにしていて、テック領域の推進もその1つでした。自分のなかでも心づもりはあったので、その場で「ぜひ」と返事しましたね。
ーーー阿部さんは、なぜ小山さんに次の社長を任せようと思ったのでしょうか?
阿部 社長を任せられるのは「大切なことを言語化せずとも分かっている人」だと考えています。そういった意味で、小山くんは一番「アナグラムっぽい人」ですね。
アナグラムは、挙手制や一気通貫といった、資本主義のセオリーに一見すると反しているような仕組みを導入しています。その一方で、資本主義のレールに乗っている以上、会社の業績は伸ばしていかないといけない。そういった矛盾のなかで、大切なものは守りつつ事業を前に進められる人が社長なんだと思います。
あと、これは意識していたわけではないですが、小山くんとは年齢がひと回り違うのもちょうどいいですね。私がいま44歳なんですが、ひと回り下である32歳くらいの年齢の人が社長に就くと、興味の幅やバイタリティ的にも会社が面白い広がりを見せる可能性があるな、と思います。
ターニングポイントは暇だと感じたマネージャー時代
ーーー小山さんは学生インターンからの入社ですよね。大学生の頃は、まさか自分が社長になるとは思っていなかったと思いますが、アナグラムでどんな10年間を過ごされたのでしょうか?
小山 10年の間に、本当に色々なことがありましたね。以前スタッフインタビューにも書いてもらったのですが、1年目はクライアントとしっかり話すことすらままならず、その後も仕事に慣れてきたタイミングで解約が相次いだり、チームリーダーになってからもメンバーが離職してしまったり、失敗もたくさんありました。ただ、上手くいったこともいかなかったことも、すべてが良い経験だったと振り返って思います。
阿部 小山くんは、たくさん失敗して転んでいるけれど、誰にも気付かれないうちに立ち上がって進んでいるイメージ。渦中は大変なのかもしれないけれど、放っておけばいつか必ずうまくいくので、そこは安心していますね。アドバイスをすることもあるけれど、それらをちゃんと素直に聞き入れてラーニングして返してくれるので、社内・社外問わず、色々な人から信頼を得られるんだと思います。「小山さんだったら安心」というパートナーさんも多いです。
ーーー10年間にあった色々な出来事のなかで、社長就任につながるようなターニングポイントはありましたか?
小山 入社して5年目くらいのタイミングで、リーダーを束ねて見ていくマネージャーポジションに就いたんですが、そのときにすごく暇になってしまって。当時見ていたリーダーたちは、みんなすごくよくやってくれていたので、自分はただ座っているだけの存在でした。
そんな状態が続くなかで、自分がバリューを出せていないことに危機感を感じて、チームを解体しました。その後、部下を1~2人まで減らして、会社として新しい取り組みにチャレンジするチームを新たに設立したんですが、今考えるとそこがターニングポイントだったと思います。
新しいチームでは、業務がなにもない状態から改めて自分たちの価値を見つめ直し、新しい事業機会や技術をサービスや組織に活かそうと、いろいろ試行錯誤しました。そのなかで、これまではマネージャーとして、ただ「業務を回すこと」ばかりを気にかけていたことに気が付きました。
本当は、暇に思えていたときにもやるべきことはたくさんあったんです。一見すると問題が起こっていないように思えていましたが、思考のロックを外してもっとメタに捉えれば、課題はいくらでもあるんですよね。
この、チームをリセットしてやり直すというタイミングで、長期的な視点で物事を考えるようになって、「事業を作る」というマインドが身につきました。それが、今の自分につながっていると感じます。
阿部 課題はつねに存在していて、なにもないと思っているときは自分に見えていないだけなんですよね。半年先、1年先、もっと先というように、時間軸を長くとって動いていけるようなフェーズに入ったときが、変化のタイミングだったんでしょうね。
専門性を高め、さらにビジネスのことを考えられる伴走者に
ーーー今後、アナグラムはどんな広告代理店を目指していくのでしょうか?小山さんの抱いている、今後の展望を教えてほしいです。
小山 「運用型広告の成果を改善する施策は一通りやりきった」と思える状態から、2倍、3倍と大きな成果をひねり出せるような支援会社になっていきたいです。そのためには部分最適な捉え方をしていてはダメで、全体を捉える広い視野と、それぞれの分野のクオリティが必要になってきます。
たとえば、管理画面を見て運用していると、どうしても「いま計測できている指標」を中心に物事を考えてしまいますが、テクノロジーの力でこれまで計測できなかった指標を計測できるようになれば、ビジネス全体を大きくドライブすることができるかもしれません。
先ほど阿部さんから動画の再生数を増やすための”釣りサムネ”みたいな話がありましたが、近年ウェブ広告においても過激なクリエイティブが横行していたりします。それも同じく、運用型広告の領域における短期的な成果のみを目的としているからこそ起こる現象です。オーガニックのSNS投稿ではきれいな画像をあげていて、広告では過激なクリエイティブを発信しているような企業は少なくないと思いますが、それらを分けすぎずに全体最適のなかで捉えなおすことも出来るのではないかと考えています。
まとめると、戦略を練るコンサルタント、指標作りなどを担うテクノロジスト、そして新しい表現の仕方を模索できるクリエイティブディレクターやデザイナー、これらのメンバーが一緒に動いていくことで、さらに大きな成果を再現性をもって叶えていくというのが今後の展望です。
ーーー最後に、アナグラムという組織が今後どうなっていくのか?変わること・変わらないこと、期待してほしいことなどを教えてください。
阿部 これまで通り、アナグラムはクライアントの伴走者であり続けます。そこは代表が変わろうとブレません。変わるのは伴走者の定義です。今まで以上にビジネスのことを深く考えて寄り添っていくという意味で、よりよい会社になるんじゃないかと思っています。
小山 運用型広告にとらわれず、ビジネス全体をグロースさせるという視点は引き続き持ちつつ、そのために必要な戦略立案・運用・クリエイティブ作成・テクノロジー支援といった専門性をさらに強化していきます。専門性を高めつつも守備範囲は広くなっていく予定なので、期待していただきたいです!