
ChatGPTやGoogle BardのようなLLM(大規模言語モデル)に基づくチャットボットであれ、MidjourneyやDALL-Eのようなテキスト入力から画像を自動生成するツールであれ、生成型AIほど世の中を席巻する技術はなかなかないですよね。
いまや、どの業界を見てもこの技術が秘めている可能性を一刻も早く発揮したい動きが活発になっています。なかでも小売は、生成型AIの活用に大きな期待が持てる業界のひとつでしょう。
今回は、AIの進歩が現在どのように小売業界の状況を変えつつあり、また将来的にどのように変化させていくかをみていきたいと思います。


目次
AIとカスタマージャーニーのパーソナライズ化
カスタマーサービスの自動化をはじめ、精度の高い商品のレコメンド、商品画像や説明文などのコンテンツの自動作成、データ処理やサプライチェーンの最適化といった分野まで、小売業界でAIを活用できる範囲は非常に広く、大きな可能性があると考えられます。

例えば、AWS(Amazon Web Services)の公式ブログでは生成型AIが小売に関与できそうな領域を上記図のように分類しています。
また、ショッピングにおけるユーザー体験のパーソナライズ化という、小売が持っている比較的大きな課題に関しても、AIが大きな役割を担うと期待できそうです。

上記のアドビ社の調査によると、71%の顧客は、ショッピング体験がパーソナライズされていないように感じると不満を抱くと答えており、しかも、ユーザー体験に不満を抱かせたショップについて、再度利用する可能性が低いと答えた顧客が68%だったことを加味すると、パーソナライズ化されたユーザー体験の大切さを物語っています。
さらに、データ保護やプライバシー規制および、3rdパーティCookieの制限という近年の動向がオンラインにおけるパーソナライズ化を難しくしています。
しかしながら、AIはここでも重要な役割を果たす可能性を持っていると考えています。その理由となる背景をいくつか紹介していきます。
顧客はAIの利用に前向き
一つには、ショップを利用するユーザーの多くが購買プロセスにおいてAIツールの介入について抵抗がほとんどないことを示す調査データです。
会話型コマースとAIソリューションを専門とするLivePerson社の2023年の調査によると、回答者の75%が、メッセンジャーを介してブランドと対話できると購買意欲が高まると答えています。さらに、AIを活用した購買体験は、回答者の68%にとってブランド・ロイヤルティにもプラスに働いた、と述べています。
また、18~24歳の回答者の60%が、商品を見つけるのに人間相手よりもAIに頼る方を好むと回答している結果も非常に興味深いです。
このような調査は、少なくとも購買プロセスにおけるAIが介入することがネガティブではなく、むしろポジティブに捉えられていることを示しており、小売におけるAI活用の大きな可能性を後押しするものになっています。
ChatGPTとリテールメディアの融合
小売分野での生成型AI利用を後押しできそうなもう一つのユースケースは、例えば、生成型AIチャットボット「ChatGPT」に小売業者のプラグインを取り込み、プロンプト内で必要に応じて小売のサービスを呼び出せるようにする機能でしょう。
リテールメディアサービス「Instacart」
先日、米国のリテールメディアサービス「Instacart」のChatGPTプラグインが話題になりました。
参考:Introducing the Instacart Plugin for ChatGPT
Instacartは、ユーザーの近くにある複数スーパーマーケットの在庫からまとめてオンライン注文し、自宅まで配達してもらえるサービスです。
ChatGPTとの連携により、例えばプロンプトで料理のレシピを求めると、必要な食材の買い物リストとInstacart経由の注文リンクが提供されます。(ちなみに、ユーザーがすでに手元にある食材は除外できる機能もあり、便利ですよね)
ショッピングプラットフォーム「Klarna」
スウェーデンの後払い決済およびショッピングプラットフォームのKlarnaにも同様な連携ができます。

KlarnaのChatGPTプラグインでは、例えば「予算150ドル以内でおすすめのヘッドフォンを見せてください」などのプロンプトを入力すると、内容に基づいた商品の購入リンクを表示することができます。(日本国内だと、価格比較ポータル「価格.com」も同様のChatGPTのプラグインを提供しています)
さらに、上記のようにChatGPTからリテールサービスにアクセスするケースの他に、逆方向にリテール系アプリにChatGPTの機能が統合されるケースもあります。前述のInstacartは、2023年の5月末に自社アプリにChatGPTベースのAI検索ツールを呼び出す機能を公開し、これからも似たケースが増える可能性が高いと予想できます。
参考:Instacart launches new in-app AI search tool powered by ChatGPT | TechCrunch
AIによるバーチャルな試着室も
ショッピング体験をよりパーソナルなものにするもうひとつのAIの応用例は、バーチャル試着機能です。この分野では特にGoogle社が6月14日に発表した機能「Virtual Try-on for Apparel」(VTO)が最近注目されています。

この新しい機能は、Googleの「ショッピンググラフ」のデータを基に学習しており、洋服と人物の2つの画像ソースから、その人物が対象の洋服をまるで着ているかのようにAIを使って服の質感、体形によるサイズ感などを考慮した上を自然にシミュレートします。
VTOは現在、Googleのショッピンググラフを通じて、特定のブランドや商品カテゴリーに対して限定的に提供されていますが、今後さらに大きな規模で展開される予定だと発表されました。
特にオンラインで買い物をする場合、洋服のサイズ感が掴みにくく、結局合うか合わないかの事前確認が難しいことがあるため、このような機能は顧客満足度を高めるだけでなく、オンライン小売業者の返品率の抑制にもプラスに働く可能性があります。
課題となるAIの「幻覚」への対応が活用への鍵
多少理想論ではありますが、小売分野における生成型AIの現在可能な連携の延長線上に、AIのアプリケーションは、いずれ買い物客のニーズに合った商品を見つけやすくしてくれる、パーソナル・ショッピング・アシスタントのようなものになれると想像できるかと思います。いつでも相談可能な、待たせることのないショップの店員さんのようなイメージですね。
しかし、これまでの目覚ましいイノベーションや、多くのユーザーがAIを取り入れていることがすでに有望に見えるとしても、購買決定プロセスは非常にデリケートなものであることも念頭に置かなければなりません。リテールの場面に限らず、生成型AIに基づく多くのツールにいまだに「幻覚(Hallucination)」という現象があります。幻覚とはつまり、AIが誤った、不適切な、あるいはまったく無意味な出力をユーザーに提供することがある事実を考慮すると、小売業とAIの連携は、ブランドと顧客の信頼関係にとってリスクがないわけではありません。
逆に言えば、生成型AIが「幻覚」のリスクを実質的に安全なレベルまで抑えられるのであれば、リテールとAI技術の連携には中長期的に大きく期待できるに違いありません。
