アサヒビール初のD2C事業「THE DRAFTERS(ドラフターズ)」がユーザーコミュニティを重視する3つの理由

アサヒビール初のD2C事業「THE DRAFTERS(ドラフターズ)」がユーザーコミュニティを重視する3つの理由

アサヒビール株式会社
新規事業部 次長 兼 デジタルマーケティング部 担当部長
西村 拓哉さま

アサヒビール株式会社入社後、飲料事業やニッカウヰスキーのブランドを経験し、オウンドメディア、EC、デジタルマーケティング部にてセールスプロモーション、スーパードライVR工場見学など生み出す。 2021年にアサヒビール初のD2C事業である「THE DRAFTERS」(ドラフターズ)をローンチし、新規事業部を創設。2年で累計売上30億、累計入会者3万人、LINE友だち数220万人を達成。※2023年8月時点

アナグラム株式会社 代表取締役社長
フィードフォースグループ株式会社 取締役
阿部 圭司

大手アパレルメーカーを経て運用型広告の世界へ。 リスティング広告やFacebook広告を筆頭とする運用型広告の領域が得意なマーケティング支援会社アナグラムを創業。 その後、フィードフォースグループにグループジョイン後、現役職。

2021年にアサヒビール初のD2C事業として始まった「THE DRAFTERS」(ドラフターズ)。自宅で本格的な生ビールが楽しめる家庭用生ビールサーバー事業ですが、実はユーザーコミュニティ運営にも力を入れていらっしゃいます。

今回はダイレクトコマースがなかったアサヒビールでゼロから立ち上げをされたアサヒビール株式会社 西村さんとアナグラム代表 阿部の対談形式で、事業の立ち上げ経緯やコミュニティ運営を重視している理由についてお伺いしました。

※このインタビューは2023年8月に行われました。


初立ち上げ2年で累計3万人以上が入会、売上は累計30億超え

阿部:
「THE DRAFTERS」(ドラフターズ)はどんなサービスでしょう?。

西村:
氷点下の生ビール「アサヒスーパードライ エクストラコールド」が、ご自宅で気軽に楽しめるサービスです。本格泡リッチサーバーと、毎月ミニ樽のアサヒスーパードライが届くことで、アサヒスーパードライ エクストラコールドならではの抜群のキレと飲みごたえをご家庭でも味わえます。

2021年のローンチから2周年を迎えて、累計入会者数は累計3万人以上、売上は累計30億を超えました。既存事業の規模感からするとまだまだ小さいのですが、既存事業とは別軸の観点で、この数値全ては直接に顧客から頂いているという特性を鑑みると、ある程度、輪郭が見える事業になっているかと思います。

阿部:
2年でその伸びはすごいですね!「自宅で最高にうまい生ビールが飲める」も大きな強みだと思いますが、他にドラフターズ独自の特徴はありますか。

西村:
ユーザーコミュニティの運営に力を入れています。サービス会員限定のLINEオープンチャットがあり、ユーザー同士や運営とユーザーが直接交流できるのは大きな特徴ですね。「THE DRAFTERS DAY」と銘打った会員限定のリアルイベントも定期的に開催しています。

イベント「THE DRAFTERS DAY」の様子。毎回150人程度が集まる人気イベント

阿部:
アサヒビールさんと言えばアサヒスーパードライですよね。缶ビールや居酒屋で飲む生ビールの印象が強いですが、D2C形態かつ「家庭用ビールサーバー」の事業を立ち上げたきっかけは何ですか?

西村:
仰る通り、アサヒビールは創業以来ずっと卸さまへの販売を通して小売店・飲食店さま向けに営業を行い成長してきた会社です。企業がユーザーに直接商品を届ける、D2Cの事業はほとんど前例がありませんでした。

ただ、アサヒスーパードライがトップブランドといっても、ビール市場自体は緩やかな縮小傾向にあります。コロナ禍での外食控えによる飲食店向け販売の苦戦もあり「何か新しいことを仕掛けていかなくては」という機運が社内で高まっていたんです。他社が先に家庭用ビールサーバーをビジネスとして開始していたこともあり、自分たちも直接、消費者と繋がっていく事業をやらなくてはという思いもありました。

もともと新規事業を積極的に立ち上げる文化はない会社ですが、そうした市場の変化やコロナ禍をきっかけに「アサヒビール史上初のD2C・家庭用ビールサーバー事業」として立ち上がったのがTHE DRAFTERS(ドラフターズ)でした。

試作品利用ユーザーへのインタビューでみえた新たな価値

阿部:
市場環境に対する危機感が元々あったところに、コロナ禍が決定打になった形ですね。社内初のD2C事業となると、事業化までに相当苦労もあったんじゃないですか?

西村:
実は、事業プラン自体は経営陣にもスムーズに理解してもらえたんですよ。

試作品を実際に使ったユーザーへのインタビュー動画が決め手になりました。正式ローンチ前に試作品をユーザーの自宅で1か月使用してもらい、「THE DRAFTERS(ドラフターズ)によって生活がどう豊かになったか」をインタビューしたんです。氷点下の生ビールが自宅で飲めるのはもちろんですが、ビールサーバーをきっかけに家族の会話が増え、以前よりコミュニケーションが取れるようになったのが嬉しかったという意見が多かったんですね。

これこそ既存の缶ビールや外食で飲むビールにはない、家庭用ビールサーバーならではの価値です。さらにユーザーとの距離が近いD2C事業なら、ユーザーが何に価値を感じているのか直接知ることができるメリットもあると説得しました。

阿部:
ユーザーインタビューの動画は説得力がありますよね!

とはいえ、新規事業の立ち上げはトラブルがつきものです。これまででもっとも大変だったことはなんですか?

企業の中で新規事業を立ち上げる難しさ

西村:
サービスリリース後の配送ミスなど、挙げればキリがありません……その中で一番大変だったのは「社内で新規事業の立ち上げ経験がある人が他にほぼいないこと」だったかもしれません。

社内では新規事業の立ち上げ自体がまれですし、D2C事業の立ち上げ経験者に至ってはほぼゼロの状態。会社内では誰からもアドバイスが受けられないなかで、自分でイチから勉強して社外を駆け回って有識者を探しアドバイスを頂きつつ、手探りで事業を作っていくのは相当な困難でした。

会社として新規事業の評価基準がないので、どうしても既存事業と同様に単年の売上などの数値で評価されてしまうことに歯がゆさを感じることもあります。新規事業の前例が少ないので「事業立ち上げから最初の数年間は投資期間なので赤字になるもの」という前提の共有がまず難しい。0→1の新規事業と100→110の既存事業ではゲームのルールが全く違うはずですが、誰しも複数の物差しがあるわけではないので、認識合わせが想像以上に大変です。

なぜコミュニティ運営を重視しているのか

西村:
コミュニティを介して得た「ユーザーの生の声」というのはデータとしても大きな価値なんですが、その評価も既存の価値基準では難しいところがあります。

阿部:
自分で起業するのと、企業の中で新規事業を立ち上げることの一番の違いはそこかもしれませんね。創業者自身が責任を持っている事業なら何年赤字が続いたとしても押しきれますが、組織の中だとどうしても説明責任が発生してしまいますから。コミュニティマーケティングの価値と経済合理性も全く別ものなので、同じ次元で語ると矛盾してしまいます。

西村:
そうなんです。ただ、THE DRAFTERS(ドラフターズ)ではやはり「ユーザーコミュニティ」に大きな価値を見出しています。その理由を順番に説明しますね。

ユーザーが何を求めているのか、コミュニティを介して知ることができる

西村:
アサヒビールが長年営んできた飲食店・小売店向けのバリューチェーンだけでは、ユーザーと直接交流して意見を拾うことはどうしても難しいです。ユーザーの嗜好も多様化している中、もっとスピーディーにユーザーの声をキャッチアップしていきたいという課題感がありました。

D2C事業であれば、ユーザーと直接つながることで、今何が求められているのかをより迅速に知ることができるはずという前提がまずありました。そこで、ユーザーと積極的にコミュニケーションを取るための一番良い方法は「ユーザーコミュニティを作ること」だと考えたんです。

ユーザーコミュニティでリアルイベントを開催すれば、わざわざ実態調査をせずともユーザーの要望を自然にヒアリングできます。LINEオープンチャットでのユーザー同士のやり取りから、市場調査からは見えにくいユーザーニーズに気付くことも可能です。オープンチャットには我々も運営として参加しているので、そこでもユーザーと直接やり取りすることでニーズを吸い上げることができるんです。

「メーカーとしてモノを売る」以外の価値が生まれる

西村:
二つ目の価値は、コミュニティを通して「モノを売る」以外の価値を生み出すことができるからです。

例えば、コミュニティ限定のイベントでは、ユーザーを商品開発にまで巻き込むこともあります。アサヒビール茨城工場内の「スーパードライミュージアム」にユーザーを招待して、新商品のコンセプトを考えてもらうイベントを実施しました。

グループワークでネーミング案とデザイン案をイベント参加者に考えてもらい、その後はイベントに参加できなかったユーザーも含めて人気投票を実施。得票数が多かった案で実際に販売しました。

実際に発売された限定ビール。
ユーザーの「天気の良い晴れた日に、好きな人や、気の合う仲間と飲むビールが最高!」という想いをデザインやネーミングで表現し、商品化
出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001028.000016166.html

阿部:
開発プロセスにまでユーザーが参加できるんですね。それはユーザーも楽しいし、辞めない理由にもなります。

西村:
まさにそうです。初めてオフラインイベントを開催した時は「運営さんにやっと会えた」という喜びの声が多く、運営側にサインを求める方までいらっしゃいました。会場でユーザー同士でビールサーバーを囲んで盛り上がっていたのも嬉しかったですね。イベントで他の参加者や運営と交流できること自体が、ユーザーにとっての大きな価値になっていると感じました。

アサヒビールは創業以来「モノを売るメーカー」として成長してきました。でも、ドラフターズの事業とコミュニティ運営によって「楽しい体験や人とのつながりをユーザーに直接提供する」という新しい価値が生まれた。企業としての可能性が大きく広がったような気がしました。

ブランドを育てるのはメーカーではなくユーザー自身

阿部:
立ち上げから2年でドラフターズの累計入会者数は累計3万人以上、売上は累計30億を超えたそうですね。今後の展望を教えてください。

西村:
おかげさまでユーザーコミュニティも大きくなってきています。このブランドをさらに大きく育てていくために、2023年10月より日本事業を統括する持株会社であるアサヒグループジャパンの中にドラフターズ事業部を設立し、アサヒビールから事業移管する運びになりました同時に私もアサヒビールに帰任し次のミッションにチャレンジしていきます。

現代ではユーザーの嗜好も細分化しているので、マスプロモーションが難しい時代になってきていると感じます。万人に好かれる商品を作ること自体が難しくなりつつある時代なので、当然酒類市場の中でも大きく広告投資できない商品が増えてきています。

今の時代、ブランドを育てるのはメーカーではなくユーザー自身です。メーカーが強いブランドを作り、マス広告で大々的に売っていく手法だけでは、細分化するユーザーニーズには対応しきれません。だからこそ、ユーザーと直接つながり、ユーザーのリアルな声を聞くことは、D2C以外の事業でもますます重要になっていくはずです。

アサヒビールは、テレビCMや街頭広告などのマスプロモーションを駆使する大企業です。だからこそ、小さなコミュニティから、ユーザーと一緒にブランドを少しずつ大きく育てていくノウハウも今後必要になるはず。コミュニティ運営から得たものをアサヒビールの既存事業に返すことで、ドラフターズがさらに本体事業にも貢献できる状態が理想です。

ドラフターズ事業単体でも成長しながら、ブランド育成やコミュニティ運営のノウハウを社内に共有することで、会社全体でのさらなる成長を目指したいですね。

ユーザーコミュニティ運営のコツは「頑張り過ぎないこと」

阿部:
最後に、個人的に気になったので質問させてください。これだけの規模のユーザーコミュニティを維持していくのは中々大変だと思いますが、意識されていることはありますか?

西村:
正直、大変です(笑)。ただ、一番大事なのは「運営が無理に頑張らないこと」だと思っています。運営側が無理にコミュニティを大きくしようとしたり、ユーザー同士の交流を増やそうとしない方がいいですね。運営が何もしなくてもコミュニティが維持され、成長していくのが理想です。

運営の役割は、究極は「最低限のルールを定めて、それを逸脱する人には注意すること」だけだと思います。

もちろん、小さなイベントを少しずつ実施するのも効果的ですよ。最近はリアルイベント運営のお手伝いをユーザー側から募集していますが、コアなファンの方は喜んで参加してくれます。ユーザーと運営の境界が曖昧になってきていますが、その方が逆にうまくいく気もしていますね。

阿部:
運営が頑張らなくても、コアなファンの方が自発的に運営に回ってくれるのは理想形かもしれませんね。例えば、盛り上がっているオンラインサロンにも同じ特徴が見られます。運営とユーザーの境界が曖昧になることで、コミュニティが自走し始める状態ですね。

西村:
仰る通りです。ただ、コアなファンの方は非常にありがたい存在である一方「全てのユーザーに同じだけの熱量でコミュニティに参加してもらう必要はない」という認識をもつことも大切です。

阿部:
ライトなファンを、無理やりコアなファンにする必要はないということですよね。

西村:
はい。熱量が高まるタイミングは人それぞれなので、運営側がコアファンに転換してもらおうと一生懸命働きかけると逆に冷められてしまいます。

さらに、コアなファンだけで盛り上がっていると、入ったばかりのユーザーが引いてしまうこともあります。運営とユーザーの境界が曖昧だからこそ、ユーザー同士の序列が生まれてはいけません。「人それぞれの楽しみ方があること」が尊重されるようにルールを工夫するのが運営側の役割だと思っていますね。「顧客に寄り添う」とよく言われますが、寄り添うとは便利な表現で曖昧だと思います。大切なことは、多様な価値観や距離感の違いを自然と理解していることではないかな、と思います。

編集後記

ユーザーコミュニティを軸に成長してきたTHE DRAFTERS(ドラフターズ)。業界トップを走ってきた大手メーカーだからこそ、変化する時代に対応した新しい試みが必要という危機感が事業立ち上げのきっかけだったという経緯には驚きもありました。

ただユーザーに直接商品を届けるだけでなく、コミュニティを通してユーザーのリアルな声を集め、事業に活かしていくことがD2C事業の肝要なのかもしれません。コミュニティを通して、商品を売るだけでなく「楽しさ・人とのつながり」などの新たな価値をユーザーに提供するという発想は、今後ますます重要になっていきそうです。

時代が変わっても、大切な人と飲むビールの美味しさは変わらないはずです。THE DRAFTERS(ドラフターズ)のさらなる成長が楽しみですね!


アサヒ ドラフターズ

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