
今年に入ってからネットフリックスの広告事業が大きな加速を見せました。
数多くの動画配信サービスと同様に、かつては「広告なし」で配信を行っていたネットフリックスが、2022年にユーザー数の成長が滞っていたことを境に、一定のマーケットにおいて格安の「広告付き」プランを提供するように軌道修正したことはまだ記憶に比較的新しいでしょう。
参考:Netflix subscriber growth returns as ad tier launch looms | S&P Global Market Intelligence
そして今年の5月に開かれたアップフロント(=米国におけるテレビ広告枠の先行売買用の発表会)でネットフリックスが自社の広告ビジネスの大幅な強化を発表したことは大きな話題を呼びました。
同社の広告事業で今何が起きているのか、そして広告チャネルとして今後どのようなポテンシャルがありそうかについて、詳しく見ていきます。


広告付きプランの利用者は4,000万人越え
今年のアップフロントで明らかになったのは、ネットフリックスがわずか2年足らずで、本格的な広告チャネルとしての地位を確立しつつあることです。

現在、世界中で4,000万人以上の月間アクティブ・ユーザーが広告付きプランを選択しているようですが、特に1年前はそのユーザー数500万人に過ぎなかったことを考えると、目覚ましい成長だと言えます。
また、ネットフリックスがすでに広告付きプランを提供しているマーケットを見ると、全加入者の40%以上が広告付きのプランを選んでいることも分かりました。
全体としてこうした動きには、ユーザーが動画配信サービスにおける広告に対する懸念が薄くなっている傾向が確認できる背景もあると考えられます。顧客体験(CX)プラットフォームのdisqoの調査データによると、ストリーミングサービスでの広告配信に反対している回答者のシェアは、2022年に36%を占めたのに対し、今年はわずか16%まで落ち着きました。
参考: Netflix’s ad-supported tier hits 22 million US subscribers just ahead of Upfronts
こうしたトレンドも追い風になっていると考えられます。
アドテク領域の強化も
そして広告付きプランを選ぶユーザー数の最近の成長があるからこそ、ネットフリックスが魅力的な広告チャネルとしてのポジションも取りやすく、広告ビジネスを加速させる方針を見せています。
まず、同社は今後The Trade Desk、Googleディスプレイ&ビデオ360の他に、世界最大の独立系オムニチャネルSSPのMagniteとの協業を計画し、プログラマティック広告ビジネスを拡大していく方針を発表しました。ネットフリックスはこれまで、この分野でマイクロソフトを主軸に協業していたため、こうしてポートフォリオを広げているのは重要な戦略的ステップと言えます。
参考: Netflix Upfront 2024: The Year of Growth and Momentum
※日本国内ではまだご利用できないようですが、Microsoft広告の動画広告がネットフリックスの広告在庫へ掲載可能になったことも同じ文脈で捉えられます。
参考:Microsoft brings video and CTV ads (including Netflix inventory) to Advertising Editor
また、ネットフリックスは来年までに独自のアドテク・プラットフォームを提供する予定であることも注目されました。最初のパイロットテストはカナダで実施されるようで、その後、米国をはじめ徐々にグローバルに展開されていく模様です。
参考: Netflix Is Launching Its Own Ad Tech | AdExchanger
自社のアドテク・プラットフォームでできることの詳細に関する情報はまだ公開されていないので今後のアナウンスを待つしかありませんが、こうした動きは、ネットフリックスがいかに広告主の要望を意識しているかを物語っています。
Z世代にとって重要な広告チャネルか
もうひとつ興味深いのは、ネットフリックスが将来、Z世代に大規模にリーチするための重要な広告チャネルのひとつになり得るということでしょう。
その可能性は、すでにその人気と普及率からみてとれます。

米国の1997年から2012年生まれのユーザーを対象に実施された調査で、最もよく利用するデジタル・プラットフォームを尋ねたところ、Netflixは67.9%で5位だった。これは一見それほど高い数字には見えないのですが、首位のYouTube(89.3%)を除けば、全て約70%を占める2位から4位のInstagram、TikTok、Snapchatとほとんど変わらない結果でした。
上述のアップフロントで言及された傾向が続き、より多くのユーザーが広告付きモデルを選択するようになれば、Z世代の購買力が絶えず高まっていることから、広告チャネルとして大きな可能性が生まれるかもしれません。
参考: 42 Statistics on Gen Z Spending Habits
カギはプラットフォーム・視聴者・広告主の三方よし
10年近く前に、ロバート・テルチェクは著書『Vaporized』(=蒸発した)の中で、アナログの物理的なものが新しいデジタルな形へと変化していく様子を描きました。簡単に言えば、理論上アプリになり得るものは、遅かれ早かれアプリになる、という主張でした。
歴史的な文脈からすると、ネットフリックスはこの変容現象の象徴に近いと言えます。同社は、かつて広く普及していた「アナログ」なレンタルビデオ事業を世界規模でデジタル領域に移行させる、革命的とも言えることを起こしたからです。
こんなネットフリックスを筆頭とする動画配信サービスが、かつての古き良き民放テレビと同様に番組に広告を挟むようになった動向は、いささか皮肉な展開に感じられるものがありますね。
もちろん動画配信サービスが、ある日突然、完全に広告付きのモデルに切り替わることは現実的なシナリオではないと思いますが、ストリーミング市場の競争圧力の高さを考えれば、従来の「広告なし」モデルの見直しは避けられないのも事実でしょう。米国のサブスクリプションサービスの市場を見るとその状況が分かりやすいかもしれません。例えば、Forbesの調査によると、米国の99%の世帯がすでに1つ以上の配信サービスを利用しているようです。
参考: Top Streaming Statistics In 2024
つまり新たなユーザーを獲得するには魅力的なコンテンツが必須ですが、その獲得や制作には比較的コストがかかるため、ネットフリックスが収入源として独自の広告ビジネスを拡大する動きは非常に理にかなっています。
そして、現在のようにユーザー、広告主、そしてプラットフォーム自体にとってプラスに働きつづける限り、ネットフリックスは今後、広告ビジネスの主要プレイヤーの一つになる可能性は高いと考えられます。
