私は、広告代理店(営業)→事業会社(マーケティング担当)→広告代理店(アナグラム)というキャリアを歩んできました。
「選ばれる側」から「選ぶ側」へ。逆の立場を経験すると、同じ出来事でも見える景色がまったく違うことに気づきます。事業会社のマーケティング担当として約6年間、代理店のリプレイス、インハウス化、コンペを一通り経験しました。
この記事では、当時の経験を振り返りながら、代理店と事業会社の間で起きやすい「すれ違い」について書いてみたいと思います。あくまでもn=1の体験談ですので、「そういうケースもあるんだな」くらいの気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
目次
些細なことの積み重ねから代理店移管を検討
当時、複数のWebサービスの集客を担当しており、Google広告やYahoo!広告の運用を1社の広告代理店に任せていました。しばらくはその体制で回っていたのですが、あるタイミングからリプレイスを検討することになります。
きっかけは、小さな不安の積み重ねだった
直接的なきっかけは、社内にWeb広告の経験者が入ってきたことでした。
それまで気にしていなかった部分が目につくようになり、代理店への質問や依頼が増えていきます。ただ、質問に対する一次回答が数営業日後になることが続いたり、広告文を確認してみたら修正漏れが半年前から放置されていたり。一つひとつは些細なことかもしれません。
しかし、目標が未達の状況でこうしたことが重なると、「このままお任せしていて大丈夫だろうか」という空気が社内に生まれてきます。
正直にいえば、事業会社側の引継ぎも十分ではありませんでした。「まずはアカウントを見てみて」という状態からのスタート。社内で解消しきれない疑問が代理店に飛ぶ、という流れになっていたので、代理店にとっても対応しづらい状況だったと思います。双方のコミュニケーションが噛み合わなくなっていた、というのが振り返っての実感です。
「ちょっと面倒だな」が決定打になることもある
もう一つ印象に残っているのは、代理店から「依頼の優先順位をそちらで付けてほしい」と言われたことです。複数のサービスを1社に任せていたため、代理店としてはどちらの依頼を先に対応すべきか判断に迷う、という事情がありました。
代理店の立場で考えれば合理的な提案です。ただ、担当者としては「優先順位をつけるためのタスク管理表」を運用する手間が増え、「これは本来やらなくていい作業なのでは」という感覚がありました。
振り返ると、業務上の不満そのものよりも、「一緒に仕事がしにくくなってきたな」という感覚のほうが、代理店を変えたいという気持ちに直結していたように思います。
こうした経緯から代理店の変更を決め、コンペを実施することになりました。コンペの詳細は後ほど書きますが、その前に、別のサービスでインハウスという選択肢を取った経験についても触れておきます。
インハウス化してみてわかったこと
Google広告やYahoo!広告のインハウス化を経験したこともあります。代理店を変えるのではなく、「自分たちでやる」という選択肢です。
インハウスに踏み切った背景と、やってみて気づいたこと
通期目標を達成するためのCPA改善の手段の1つとして、「インハウス化」を検討しようという話が出ました。広告のCPAはかなり低い水準まで改善できており、これ以上の改善余地が限られている状況。そこで「マージン分を削減すれば、その分CPAが下がる」という判断になったのです。
当時の状況を考えれば、合理的な選択だったと思います。私自身も「インハウスの経験を積んでみたい」という気持ちがあり、結果的にインハウス化に踏み切りました。
実際に得られたものは少なくありませんでした。それまでWeb広告未経験だった担当者が、目に見えて成長していったのが一番の収穫です。自分発信の意見が増え、社内会議での発言の質も上がっていきました。その方が「わかってきたら楽しい」と言っていたのは今でも覚えています。入稿や広告文の差し替えといった短期施策のスピードも上がりました。
一方で、想定以上に大変だったこともあります。
代理店というワンクッションがなくなることで、心理的に守りの運用になりがちでした。新しい施策を試すハードルが上がるのです。また、成果が悪化したときの原因分析と打ち手の立案、それを社内に説明するコミュニケーションにも時間がかかりました。代理店に依頼していた頃は「代理店の分析結果」として社内に持ち帰れましたが、自分たち発信となると、いつも以上に慎重にならざるを得ません。
少人数で運用していたため、1人が辞めると回らなくなるリスクが常にあったことも、代理店運用では意識していなかった問題でした。
どちらが正解ということではなく、インハウスには代理店運用とは異なるトレードオフがある。それが経験してみての率直な実感です。
インハウス化を検討するなら整理しておきたいこと
自分自身の経験を踏まえて、もしインハウス化を検討するなら、事前に以下のポイントを整理しておくとよいと思います。
組織として運用知見を維持できる体制があるか。 担当者個人のスキルに依存する形だと、異動や退職時に一気に脆くなります。属人化のリスクは、やってみて初めてその重さに気づきました。
社内の意思決定者と認識を揃えられるか。 成果の良し悪しの判断基準、外部環境の変化への理解を共有できる関係性があるかどうか。ここが揃っていないと、成果が悪化したときの社内コミュニケーションに大きな労力がかかります。
情報インプットの代替手段を確保できるか。 代理店経由で入っていた媒体の最新情報やベストプラクティスを、自分たちでどうキャッチアップするか。他のサービスで代理店との取引が続いていたことで、この懸念が和らいだ面はありました。
ただし、これらの条件が揃っていればインハウスは十分に有力な選択肢です。担当者の成長やスピード面のメリットは確実にあります。自社の状況に合わせて判断するための材料として参考にしていただければ幸いです。
なお、インハウスの広告運用のリアルについては、弊社の今村が書いた「インハウス広告運用者が感じる3つの大変さ」も、経験者ならではの視点でまとまっているのであわせてご覧ください。
はじめてコンペの「選ぶ側」に立って気づいたこと
話をコンペに戻します。先述のリプレイスに伴い、既存代理店含む5社ほどにお声がけし、コンペを実施しました。当時はじめて「選ぶ側」を経験して、いくつかの気づきがありました。
オリエン後のコミュニケーション量が、想像以上に印象を左右していた
オリエン後、各社の動きはさまざまでした。
ある代理店は質問票を一度送ってきた後、提案日まで特にコミュニケーションがなく、スマートな印象でした。既存の代理店は率直に「どこに一番不満があるか」と聞いてくれました。
そして最終的に選んだ代理店は、オリエン後の質問が最も多かった代理店でした。まとめての質問の後も、営業担当の方から細かい確認がメールや電話で届く。小出しで質問が来ても嫌な気持ちにはまったくなりませんでした。むしろ、「いろいろ考えながら進めてくれているんだな」という安心感がありました。
逆に、質問がまったく来ない代理店に対しては、正直なところ「ちゃんと準備できているだろうか」とドキドキしていました。
もう一つ発見だったのは、代理店からの質問がこちらのRFPの品質も上げたことです。質問をいただいて「それは大事なことだけど伝えきれていなかった」と気づいた後、他の代理店にも追加で情報共有するということがありました。結果として、良い質問は双方にとってプラスになっていたのです。
ちなみに、RFPや比較表をゼロベースで作るのはかなり大変でした。参考になるフォーマットが世の中にあまり出回っていないことに当時はとても苦労したので、当時の自分を救いたい気持ちで今回このテーマで記事をまとめようと思いました。
提案の質が並んだとき、最後に差がついたのはコミュニケーションだった
各社からシミュレーションは提出されましたが、数字そのものを横並びで比較することはしませんでした。
それよりも議論の中心になっていたのは、シミュレーションと提案内容の整合性です。月ごとの予算配分やキャンペーン時期の傾斜をどう見ているか。気になった点をその場で質問したときに、根拠をもって回答できるかどうか。提案書に書かれていないことへの対応力が、結果的に評価を左右していました。
KPIに関して「設定されているKPIはこうだが、最終的なゴールを伸ばす方向性で提案したい」と事前に話してくれた代理店もあり、こういった踏み込んだコミュニケーションは印象に残りました。
最終的に2社が平均点で並び、主担当の私が決めてほしいと言われました。決め手になったのは、既存で別の媒体を任せていた代理店であること(予算管理の一元化ができる)と、コンペ期間を通じてコミュニケーションの齟齬が少なかったことです。
今になって思えば、代理店の営業出身だった自分は、コミュニケーション面を重視しすぎた部分があったかもしれません。ここは反省ポイントでもあります。
コンペの比較表で見ていた観点
当時、社内でも初めてのコンペだったため、比較表は自分でゼロから作りました。覚えている範囲にはなりますが、評価に使っていた観点を紹介します。
| 評価項目 | 見ていたポイント |
|---|---|
| 認定資格 | Yahoo!などの認定代理店かどうか |
| マージン体系 | 外掛けか内掛けか、料率はどの程度か |
| 運用担当者 | 運用歴、経験業種 |
| 営業担当 | コミュニケーション面で気づいた点 |
| 提案内容 | RFPで出した課題に対する提案があるか |
| タグサポート | 対応範囲、別途費用の有無 |
| クリエイティブ制作費 | 別途発生するかどうか |
| 定例・レポート | 頻度やフォーマット |
| その他所感 | 全体的な印象 |
これらを1〜5点で関係者がスコアリングし、RFPの注力テーマごとにコメント欄も設けていました。
ここで一つお伝えしたいのは、提案で触れられていない課題は、コメント欄が空欄になるだけで目立ってしまうということです。注力すべきポイントに力を入れた結果、RFPに記載されていた別の与件にまったく触れられていないケースもありました。ベースをきちんと押さえた上で、プラスアルファの提案がある代理店は高く評価していました。
代理店側の方にとっては「事業会社はここを見ている」という参考に、事業会社側の方にとっては「自社のコンペでも使える雛形」として、少しでも参考になれば幸いです。
代理店を選んだ後に見えてきたこと
コンペで選んだ代理店との「その後」についても触れておきます。
移管直後は、成果もコミュニケーションも改善した
移管後、広告経由の主要な数値が前年比で改善しました。最終的には複数のサービスの運用を1社に集約でき、媒体をまたいだ予算の再配分も柔軟にできるようになりました。短期的には「楽になったし、成果も上がった」という満足感があり、社内でも評価してもらえました。
コンペ時の前提は、ずっとは続かなかった
ただ、時間が経つにつれて、状況は変わっていきました。先方の方針で体制が変更になり、営業担当も運用担当も替わりました。コンペで合意していた提案の一部も、さまざまな事情で実施に至りませんでした。
これは特定の代理店を批判したいのではなく、長期的なパートナーシップでは、前提条件が変わること自体が構造的に起こりうるということだと思っています。
この経験から学んだのは2つです。一つは、「人で選ぶと、人がいなくなったときに一気に脆くなる」ということ。担当者のスキルや人柄はもちろん重要ですが、組織としての継続性や仕組みも含めて評価すべきでした。
もう一つは、予算規模に見合ったパートナー選びの大切さです。上司への説明のしやすさを優先して選んだ結果、自社の予算規模では十分な優先度で対応してもらえなくなった面がありました。
振り返ると、コンペ時に合意した内容を定期的に振り返る場があれば、こうした前提条件の変化にもっと早く気づけたかもしれません。現場の担当者同士のやり取りだけでなく、半期や通期のタイミングで双方の上長を含めた振り返りの場を設けることは、関係性を維持する上で有効ではないかと思っています。
両方を経験して思うこと
代理店の営業として「選ばれる側」にいた頃は、提案の質や運用スキルが評価のすべてだと思っていました。事業会社のマーケティング担当として「選ぶ側」に立ってみると、それだけではありませんでした。
オリエン後の質問ひとつ、レスのスピードひとつが、「この人たちと一緒に仕事がしたいか」という判断に影響していました。提案の中身はもちろん大事ですが、提案に至るまでのプロセスそのものが、すでに評価の対象になっていたのです。
同時に、事業会社側にもできることがあったと思っています。不満は溜め込まず早めに伝えたほうが、結果的に双方にとってよい関係になります。代理店が出してくれた提案に対してきちんとフィードバックを返すことも、次の提案の質を上げることにつながるはずです。
あくまでn=1の体験談ではありますが、両方の立場を経験して行き着いたのは「してもらって嬉しかったことをやろう、されて嫌だったことはやめよう」という、とてもシンプルな学びです。
当時お世話になった方々から学んだ多くのことを糧に、これからは代理店という立場から、より深く、より本質的に相手に寄り添える存在を目指していきたいと思っています。



