
デジタル広告の分野ではいわゆる「Cookieレス時代」が近づいているなか、ここ2年ほど、デジタルクリーンルーム(DCR)という技術がますます注目を集めています。
そのため、データクリーンルームが、今後のデジタルマーケティングにどのような役割を果たしうるか、また、この比較的新しい技術が現時点でまだ直面している課題とは何かを探っていきます。


目次
データクリーンルームとは?
データクリーンルーム(DCR)とは、企業が保管している顧客情報などの個人が識別可能なデータを匿名化し、プライバシー保護に配慮した方法でパートナー企業やクライアントなどが保有するデータと統合し、分析や測定、アトリビューション、広告のターゲティングなどに活用できるように処理できる環境のことです。
もともと半導体を作る工程などで登場する、空気中に浮遊している微粒子が物理的に入らないよう清浄度の高い空間の「クリーンルーム」から拝借した概念で、データクリーンルームは不正アクセスや情報漏れのリスクを防ぐためにアクセスが厳重に管理されている中で安全に企業間でデータの連携が行えます。
特に最近ファーストパーティデータの戦略的な価値が上がっている背景で、データクリーンルームはここ2年ほどかなりの注目を集め始めている技術の一つです。
データクリーンルームが注目される背景について
周知のごとく2024年にGoogle ChromeブラウザのサードパーティCookieサポートが終了します。来たる「ポストCookie」の世界において、計測の精度が下がったり、リターゲティングをはじめパーソナライズされた広告が以前のように活用できなくなったりするなど、デジタルマーケティング担当者は様々な課題に直面しているのは間違いないです。
さらに、GDPRやCCPAなどのプライバシー規制により、顧客データのプライバシー保護がますます重要になってきている背景があるからこそ、データクリーンルームに期待する声が大きくなっていると考えられます。そしてこの期待は、実際にデータクリーンルームに投資しようと検討している企業の増加にも反映しているわけです。
コンサルティング企業のWinterberry Groupが、広告代理店と媒体社を対象に行った2022年の調査によりますと、回答者の3割以上(36.9%)がデータクリーンルームに関する支出が今後増加すると予想していることがわかりました。
サービスの数が増加
最近データクリーンルームの選択肢も上述のニーズに応じて広がっていますが、データクリーンルームを一言で言っても、さまざまな種類があり、すべてが同じように機能するわけではないことも、ここで述べておかなければなりません。大まかには、次の3つのカテゴリーに分類されます。
中立的なデータクリーンルーム
2社(またはそれ以上)の企業が、「中立的な」サードパーティプラットフォームでデータを管理・連携する。(例:Snowflake、Habu、InfoSumなど)
広告プラットフォームベースの「壁に囲まれた庭」クリーンルーム
GoogleやAmazonのようなプラットフォームが、企業のユーザーデータとプラットフォームのデータと連携できるサービス。(例:Google Ads Data Hub、Amazon Marketing Cloud)
自社開発のクリーンルーム
大量のデータを蓄積している大企業は、企業特有のニーズに合わせた独自のクリーンルームを社内で構築しています(例:チョコレートメーカーのハーシー)。
参考:Hershey’s Rinaldi Is Sweet On Clean Rooms For Attribution Insights – Beet.TV
このようなクリーンルームの多様化の影響もあってか、オンライン広告の業界団体であるIABが、データクリーンルームに関する明確な標準を策定する動きをとりました。
参考:IAB Tech Lab launches first clean room standards - MarTech
データクリーンルームのメリット
まずはデータクリーンルームのメリットに注目です。
データの精度の向上
さまざまなソースからデータを収集し、安全な環境で分析することにより、企業は顧客、市場、広告キャンペーンについてより包括的な洞察を得ることができます。これにより、マーケティング予算をどこに配分するか、どのオーディエンスをターゲットにするか、広告キャンペーンをどのように最適化するかについて、より多くの情報に基づいた意思決定を行うことができます。
このような安全かつアクショナブルなデータの提供は、特に3rdパーティーCookieを利用できなくなったあとに重宝される可能性が高そうです。
プライバシー保護の強化
企業による顧客情報の扱い方が、近年世界中で大きな議論になっています。ここでデータの共有と分析に安全な環境を提供すること自体がデータクリーンルームを利用する大きなメリットだと言えます。データは匿名化または非識別化されるため、ユーザーのプライバシーが保護され、機密情報の漏洩リスクも大幅に削減できます。
企業間のシナジーの強化
異なる組織や企業がパートナーとして協力する際に、データクリーンルームを活用することによって、生データを共有することなく安全な環境でインサイトと専門知識を共有できるようになるので、お互いの信頼性と透明性を向上させることも期待できそうです。こうしてコラボレーションを促進し、より強力なパートナーシップの構築やより効果的なマーケティング戦略につながることは十分にありえます。
例えば、食品メーカーがデータクリーンルームで自社の顧客データを、自社商品を卸している小売店の売り上げ情報とマッチングさせ、そのオーディエンスを基に広告キャンペーンを展開するなど、活用の仕方がかなり豊富です。
データクリーンルームの注意点
データクリーンルームの活用にはいくつかの注意点も考慮しなければなりません。
活用可能なデータに限界がある
データクリーンルームは、企業間でデータ共有のための安全な環境ではあるものの、企業が自発的に共有すると承諾した情報のみがアップロードされるため、最終的に連携可能なデータが限定されることがあります。また、統合されたデータセットのマッチング率にも向上の余地がありそうです。
上述のIABが行った調査では、各DCRの種類によって平均マッチング率は39%から52%に及ぶことが明らかになったことを加味し、現時点では活用可能な範囲について注意が必要でしょう。
費用が比較的高い
データクリーンルームの導入や維持には、それなりのコストがかかる可能性があります。
IABによると、2022年のDCRソリューションの平均年間ランニングコストは376,000米ドル(約5,000万円)でした。またデータクリーンルームは、やや難易度が高いツールでもあるので、場合によってはあわせてデータセキュリティ、分析などの専門知識のある人材に投資する必要があるかもしれません。
多くのメリットを期待できる技術ではありますが、発生しうる費用を加味しても目標のROIを達成できるかどうか、見込めそうな売上高の増加分などについての注意も必要です。
データ漏洩に注意
理論上、DCRはデータの保管や処理に関して安全な技術だと言えるものの、データ漏洩の可能性がまったくないわけではありません。そのため、DCRのセキュリティ確保は、アクセス管理をはじめ、不審な動きの早期発見、データの転送中および保存中の暗号化などを担保できる体制を設ける必要があるでしょう。(もちろん、データ取得の時点でGDPRやCCPA、その他のデータ保護規制の遵守も前提です。)
期待値の高いテクノロジー
ここ数年、デジタルマーケティングはますますデータドリブンになってきているのですが、肝心のデータへのアクセスは逆に困難になってきている、というジレンマが大きな課題になりつつあるでしょう。そこで、データクリーンルームはこのジレンマによって生じるギャップを、少しでも埋める可能性を秘めているのではないか、と考えられます。
まだ比較的新しい技術ではありますし、導入ハードルも決して低くはないのですが、データプライバシー強化から、組織間の連携とスケーラビリティの向上まで、データクリーンルームは3rdパーティCookieの使えない世界でのデジタルマーケティングの課題を克服するためのメリットを企業にもたらし得るので、これからのイノベーションに関しては楽しみです。
