ここ数年、ソーシャルコマース(ソーシャルネットワークを通じて行う商品販売)への注目が増えてきています。この概念には例えば、Instagram内のショッピング可能な投稿から、ライブ配信、あるいはSnapchatなどでARを使ったショッピングまで、さまざまなインタラクションを包含しているだけでなく、ソーシャルコマースは大きな成長のポテンシャルを秘めているのも確かです。
コンサルティング会社のアクセンチュア社の予測によれば、2025年の世界市場規模をなんと1兆2,000億ドル(約173兆円)と見込んでいます。
参考:The Future of Shopping: Growth of Social Commerce | Accenture
しかし、実は世界規模で見ると全てがサクセスストーリーではなく、それぞれのマーケットの特殊に応じたソーシャルコマース施策が求められるようになったのも事実です。
さて、このソーシャルコマース分野の課題やチャンスについて詳しく見ていきましょう。
若年層のユーザーを中心に成長
まずは、デモグラフィックによってソーシャルコマースへの反応がかなり変わってきているようです。特に、物心ついた頃からすでにスマートフォンやソーシャルメディアが存在していた世代を見ていくと、ソーシャルコマースの利用意向は比較的高いと言えます。
デジタル広告を専門とする市場調査会社eMarketerの調査によると、若い世代を中心にソーシャルメディアを通じて頻繁に買い物をする傾向があることが分かっています。また、若年層の多くは年齢とともに購買力が今後向上することが期待できることを加味して、近い将来、このチャネルにもさらなる勢いがつくのではないかと思われます。
そのためか、34歳以下のユーザーの割合が高いTikTokやInstagramといったサービスの伸びが非常に顕著かもしれません。
他国からの横展開が困難な場合も
上述のアクセンチュア社がソーシャルコマースのポテンシャルをそこまで声を大きくして提唱する背景には、おそらく中国市場におけるライブコマースの数々の成功事例の存在が大きいように思えます。2021年10月に中国の人気配信者2人がたった1日でおおよそ30億ドル(約4,300億円)の売上を実現していたこともあり、ソーシャルコマースが近年に与えたインパクトは凄まじいものでした。
ついでにMeta、TikTokなど各種SNSプラットフォームがライブコマース機能に力を入れるものの、特に欧米の市場で、なかなか中国ほどには受け入れられていないことが徐々に明らかになりました。
この差こそが、最終的にTikTokが欧米市場でのショップ機能を当面見送った大きな理由の一つであることはほぼ間違いないでしょう。米国と英国では、特定のメディアフォーマットとの付き合い方自体が中国と異なるだけでなく、ブランドやインフルエンサーの収益化モデルの確立が困難な場合もあります。
参考:What TikTok Shop’s UK/US failure tells us about the future of social commerce | MyCustomer
そしてMeta社も、Facebookがライブショッピング機能を開始から2年後の2022年10月に廃止するという、TikTokと同様の方針転換も示しました。
参考:Facebook Live Shopping is shutting down in October | HootSuite
とにかくここで明らかになったのは、どのタイプのソーシャルコマースとどの市場が、購買行動やインターネット利用の面でどのような習慣と相性が良いかというコンテキストこそが、成功に非常に大きな役割を果たすということです。
Instagram「ショップ」タブ廃止の裏に
さらに、上記のTikTokやFacebookの動きとほぼ同時期に、Instagramも最近「ショップ」タブを廃止するように決めたことが話題を呼びました。
参考:Instagram is phasing out the Shop tab | HootSuite
しかし、これらの動きは必ずしも Meta社がソーシャルコマース事業から撤退することを示唆するものと解釈する必要はないでしょう。上述eMarketer社のアナリストであるJasmine Enberg氏は、同社のポッドキャスト「Behind the Numbers」の中で以下のように状況を説明しています。
Instagramはソーシャルコマースから離れるのではなく、むしろソーシャルコマース戦略を調整しているわけです。
さらに、次のように述べました。
ショッピングというのは、やはりInstagramの大きな特徴でしょう。ただし、個別のタブやページにユーザーを遷移する形ではなく、フィードなどのメインのユーザー体験に統合し、おそらく広告機能にも連携するようになるのではないか
参考:eMarketer Podcast: The Daily: Social commerce pivots, YouTube Shorts money hose, and can TikTok remain fun? - Insider Intelligence Trends, Forecasts & Statistics
したがって、このような動向は、ソーシャルネットワークがユーザーに理想的な体験を提供できるように、状況に応じて方向性を変え、実験する必要があることを示すという意味で、むしろポジティブなニュースとしても捉えられるでしょう。
コンテキストへの柔軟な適応が必要
ソーシャルコマースは、この概念一つでまとめていいのか疑うほど、多様なサービスを指しています。全ての共通点がSNSではありながらも、それぞれのプラットフォームとの付き合い方も、勝ちパターンも置かれている文脈が違えば著しく変わるはずです。
画像引用元:The evolution of social commerce by country | Accenture (PDF)
アクセンチュア社も示す通り、ソーシャルコマースの各ジャンルに対する温度差は文化圏・国柄によってかなり左右されていると言えます。
このような状況があってこそ、目覚ましい成功例を他の市場や国からそのまま流用することが困難であるという事実によって、ソーシャルコマースの輝かしいイメージが一瞬くすんで見えてしまうかもしれません。ただし、ソーシャルメディアの存在がこれほど日常化できている現在では、購買行動の中でSNSが大事な接点を作る役割を今後も果たしていくことは想像に難いでしょう。
また、一部のソーシャルコマース機能の廃止・見直しが続く中で、逆にソーシャルメディアとShopifyなどのサービスとの連携が強化されていることを加味して、ある意味プラットフォーム自体がかなり前向きに模索しているフェースの最中にあることが考えられます。
国や業界、企業の規模だけでなく、ターゲット層のデモグラフィックの特性によって、消費行動には親和性や特異性があり、ソーシャルコマース戦略の成功に多大な影響を与える可能性が高いため、こうした背景を考慮しながら施策を講じるのが必要になります。ソーシャルコマースに多面的な文脈があるからこそ、普遍的なベストプラクティスはない、と言っても過言ではないのですが、多くの課題を生むと同時に、この分野を今後ますます盛り上げていく側面もあるでしょう。