Web広告の運用現場において、担当者の交代はクライアントにとっても代理店にとっても、少なからず不安を感じる場面ではないでしょうか。「これまでの経緯が途切れてしまうのでは」「成果が落ちるのでは」という懸念を抱く方もいらっしゃると思います。
私自身、約1年前にあるクライアントの運用を引き継ぎました。前任者がしっかりと運用を積み上げてくれていたおかげで、引き継ぎ後はその土台の上で新しい施策に踏み出すことができ、売上を伸ばすことができています。担当者が変わったから成果が出たという単純な話ではなく、前任者の試行錯誤があったからこそ、引き継ぎのタイミングで「次の一手」を打てる状態になっていたというのが実感です。
実際、引き継ぎの過程ではいくつものポジティブな動きが同時に起きていました。
- 「なぜこの設定なのか」という過去の経緯を改めて確認できる
- 現在のビジネス状況に合わせて判断基準をアップデートできる
- 暗黙のうちに共有されていた知見を言葉にする機会になる
引き継ぎは「ゼロからのやり直し」ではなく、これまでの土台を点検し、より強固にするプロセスです。この記事では、引き継ぎの際に生まれやすい「3つのチャンス」について、実例を交えてご紹介します。前任者の判断を批評するためのものではなく、引き継ぎという節目をクライアントと代理店双方にとってよい機会にするために、私が意識してきたことをお伝えできればと思います。
目次
チャンス①:後回しになっていた施策に着手する
日々の運用に追われる中で、「重要だと分かっていても優先順位の関係で着手できていない施策」はどの現場にも存在します。新しい媒体やメニューへのチャレンジ、計測環境やタグ周りの整備、レポートフォーマットの刷新など、どのアカウントにも一つや二つはあるのではないでしょうか。
こうした施策は、前任者の怠慢で残っているわけではありません。既存媒体の対応を優先せざるを得ない状況や、技術的に調査に時間がかかる問題など、当時の判断として後回しにしたことには相応の理由があります。引き継ぎのタイミングは、状況が変わった今の目で、これらの施策を改めて見直す機会になります。
タグの問題を解消し、新しい媒体で配信を開始した話
私が引き継いだケースでは、ある広告媒体の配信がタグ周りの問題で止まったままになっていました。売上の計測がうまくいかず、調査途中で他の優先業務に押されて保留になっていた状態です。
引き継ぎ後に改めて調査したところ、Googleタグマネージャーとカートシステムの両方でタグが二重に設定されていたことが原因でした。社内のメンバーや媒体のヘルプデスクに何度も問い合わせて、配信開始にこぎつけることができました。前任者がタグの調査を進めてくれていたおかげで、問題の所在がある程度絞られた状態で引き継がれたのも大きかったです。
この媒体は結果的に高いROASで売上を積み増すことができ、新たな配信先として定着しています。
引き継ぎ直後にこうした保留案件に着手することには、施策そのものの成果以外にもいくつかのメリットがありました。
- 今までできていなかったことを引き継ぎ直後に対応したことで、クライアントからの信頼につながった
- 早い段階で成果が見えたことで、次の施策の議論にスムーズに進めるようになった
- 自分にとっても、アカウント理解を深めるよい機会になった
なお、レポートフォーマットの見直しなど、日常的に使うツール周りの改善も、担当者交代のタイミングだとクライアントに相談しやすくなります。
チャンス②:「難しい」と思われていたことを再検討する
引き継ぎ資料に「対応が難しい」「保留」と記載されている項目について、実は伝え方やタイミングの問題、あるいは双方の認識のズレで止まっていただけ、というケースがあります。
前任者が「難しい」と判断した背景には、当時のクライアントとの関係性やタイミングの制約があったはずです。状況が変わった今であれば、別のアプローチで実現できる可能性があるかもしれない。そういう視点で保留事項を改めて確認してみる価値はあると考えています。
プライバシーポリシーの改定
拡張コンバージョンやカスタマーマッチ(Googleの広告効果を高めるための機能で、導入にはプライバシーポリシーの改定が必要になることがあります)の導入を検討した際の話です。前任者からは「先方に法務担当がいないため、プライバシーポリシーの改定は難しい」と引き継ぎを受けていました。
引き継ぎから数か月経ったタイミングで、改めて導入のメリットをご説明しながら提案したところ、数日中にはプライバシーポリシーを改定いただけました。ご提案した際のリアクションから推測すると、前回はメリットが十分に伝わりきっていなかったのかもしれません。
クリエイティブ素材のご提供
画像アセットを拡充したいと考え、前任者に状況を確認したところ、「先方が持っている素材を一旦すべて共有してもらえるよう依頼しているが、まだ共有されていない」とのことでした。
改めてクライアントに確認してみると、「全部欲しいと言われても膨大すぎて実は困っていた。どういう画像が欲しいかを指定してもらえれば提供できる」とのこと。必要な画像の要件をお伝えしたところ、すぐにご提供いただけました。こちらはコミュニケーションの中で双方の期待値がずれていたケースです。
保留事項に対しては、クライアントのご事情を尊重したうえで「今の状況なら、この方法で実現できるかもしれません」と可能性を確認すること。押し通すのではなく、選択肢を広げるご提案として伝えること。それが引き継ぎで新担当者にできることのひとつだと感じています。
チャンス③:ゴールの認識を揃え直す
引き継ぎにおいて最も大切だと感じたのは、「何を目指すか」という目線をクライアントと揃え直すことでした。売上・ROAS・予算配分の考え方は企業ごとに異なりますし、同じクライアントでもビジネスのフェーズによって優先すべきことは変わります。
予算の使い方に対する認識のズレ
私が引き継いだ案件では、「目標ROASを超えていれば予算を超えてもOK」という方針を聞いていました。一方で、前任者に過去のコミュニケーションを確認すると、「昨年同月の売上を最低ラインとして、ビハインドが大きければ目標ROASを緩和して配信ペースを増やす」という運用もしていたことがわかりました。
前者は売上拡大のための予算の使い方であるのに対し、後者はクライアント目線では広告費の負担を大きくする方向の判断になります。売上が低迷していた時期には後者の対応も必要な判断だったのだと思いますが、状況が変わった今、改めてどちらの方針で進めるかをクライアントと確認する必要がありました。
結果として前者の考え方でコンセンサスを取り、予算を増額いただくことができました。クライアントが望んでいることは何なのか、それに伴った広告費の使い方ができているのか。基本的ですが大切なことを肌で感じた経験でした。
この目線合わせの後、クライアントとのコミュニケーションにも変化がありました。引き継ぎ当初は「ここが悪いのでよくしたい」という課題起点のご相談が多かったのですが、最近は「こういう施策をはじめようと思うんだけどどう思う?」というような、前向きなご相談をいただくことが増えています。「何を最も優先したいか」「どこまでのリスクを許容できるか」を一緒に確認したことで、日々の運用判断がクライアントのビジネス目標と直結するようになったのだと感じています。
引き継ぎで心がけていること
ここまで引き継ぎを「受ける側」の話をしてきましたが、上記のような機会を活かせる状態をつくるのは「渡す側」の役割でもあります。
アナグラムでは、引き継ぎに際して「次の担当者が動きやすくなる情報を丁寧に残すこと」を大切にしています。具体的には、運用方針やアカウント設定だけでなく、以下のような情報も引き継ぎの対象にしています。
- クライアントとのコミュニケーションで気をつけていた点
- 提案したが見送りになった施策と、その理由
- 判断に迷った点や、保留にした理由
- まだ着手できていないこと
特に「まだできていないこと」を正直に共有できるかどうかは大事だと思っています。引き継がれる側も、「え、そんなこともできていないの?」ではなく、「伸びしろですね」と受け止める。前任者の試行錯誤を尊重し、その上に自分の仕事を積み上げていくことを大切にしています。
できていないことを正直に言える文化かどうかは、組織として重要なことだと思います。そしてその社内の姿勢は、そのままクライアントに対する誠実さにもつながるのではないでしょうか。
引き継ぎの具体的な進め方については、以下の記事で4つのステップとしてまとめています。実務面での参考にしていただければ幸いです。
おわりに
いろいろと書きましたが、私自身もまだまだできていないことだらけです。この記事を書くにあたって過去のやり取りを見返して、あれもまだ、これもまだ……となりました。伸びしろですね。
引き継ぎはゴールではなく、クライアントとの新しい関係づくりの起点です。クライアントのビジネスにとって「より良い意思決定ができる状態」をつくることが代理店の役割であり、引き継ぎはそのための大切なプロセスだと考えています。



